ご挨拶

~会長就任のごあいさつ~

∼Inaugural Message from the President∼

令和8年5月に開催された公益社団法人日本鋳造工学会定時社員総会後の理事会におきまして,令和8・9年度の会長を拝命いたしました.昭和7年(1932年)に設立され,まもなく100周年を迎える伝統ある学会である日本鋳造工学会において会長を務めるにあたり,これまで鋳造工学会ならびに鋳造工学・技術の発展に尽力された諸先輩方に深く感謝を申し上げますとともに,その歴史の積み重ねを真摯に受け止め,微力ながら鋳造工学ならびに鋳造業界の発展に尽くしてまいる所存です.

私は,大阪大学大中研究室で助手の職を得た1991年に,当時の日本鋳物協会に入会したことが,現在の日本鋳造工学会との関わりの始まりです.その後,大阪大学ならびに京都大学で,主として凝固組織や鋳造欠陥の形成に関する基礎的研究を継続して取り組んでまいりました.

鋳造産業においては,鋳鉄,軽金属,非鉄金属など広範な金属材料を対象とし,多様な化学材料を製造工程で活用することにより,高機能かつ高付加価値の鋳造製品が創出されています.このような産業を支える鋳造工学は,材料工学,有機・無機化学,化学工学,熱工学,流体工学,機械工学,制御工学,ロボット工学など極めて多岐にわたる分野が密接に融合した総合的で実践的な学問・技術体系です.この体系に比べて,私の研究対象はその極めて限られた一部分に過ぎません.全国講演大会,各種講演会・講習会,さらには関西支部の春季・秋季大会や研究会などの活動は,自身の教育研究では得られない多くを学ぶ貴重な機会となってきました.このような多面的かつ階層的な学ぶ機会が,自身の教育研究を進めていく上で大きな役割を果たしてきたことは疑いの余地がありません.まさに,教育,すなわち人材育成とは教えることではなく学ぶことであり,学会はその学びを支える場であることを実感してまいりました.

この4年間は,清水会長ならびに岡田会長のもとで本部理事として学会の運営に携わる機会を賜りました.これもまた,新たな視点で学会の役割を見つめ直す貴重な学びの機会となりました.令和8・8年度におきましては,微力ではございますが,会員の皆様,さらには鋳造工学会の将来を担う方々にとって有意義な活動の推進に努め,これまでに受けてきた学びを少しでもお返ししたいと考えております.

2020年の始めに武漢で肺炎が流行しているとの報道に接した際には,前年11月の訪中の際に流行地域を訪問していないことに安堵した程度の感覚で,まさか新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的拡大に伴う行動制限やサプライチェーンの混乱,オンライン講義・試験や在宅勤務の普及といった事態に至るとは,流行当初には想像することすらできませんでした.また,2022年初頭にはウクライナ情勢の緊張が高まり,現在に至るまで激しい戦闘が継続していると伝えられ,この状況も予想していませんでした.さらに直近では,中東をめぐる緊張が,直接的・間接的に日常生活や経済活動へ影響を及ぼしており,その収束を見通すことは困難です.このように世界は予測困難な事象に相次いで直面しており,こうした状況は今後も継続すると考えざるを得ません.国内に目を向けても,各地で地震,台風,森林火災などが発生し,大規模災害が繰り返し起こっています.加えて,日本では人口減少が進行し,経済運営の難しさが一層増し,将来の見通しが立ちにくい不確実性の高い時代を迎えています.一方で,豊かな共生社会の維持と発展は,すべての人々に共通する願いであると確信しております.

このような状況下において,日本鋳造工学会には,鋳造工学に関する学術的知見の深化と体系化を図るとともに,産学官の連携を通じて鋳造技術の高度化と社会実装を推進し,社会的課題の解決に寄与するためのフレームワークになることが求められています.そのためには,分野横断的な知の交流を促進し,将来を担う人材の育成と技術の継承を進めることにより,社会基盤となる鋳造産業の持続的発展に貢献していくことが重要であると考えております.

日本鋳造工学会では,前々任の清水会長のもとで『新しい風を吹かせる』,前任の岡田会長のもとで『新しい風にのる』をスローガンとして掲げ,学会の活性化が図られてきました.あらためて,これらのスローガンのもとに尽力された両会長ならびに役員の皆様に,深く感謝申し上げます.先に,世界情勢や国内情勢についてやや厳しい現状を述べさせていただきました.このような情勢においては,経営面・技術面の両面において社会的課題が,『逆風』として捉えられることもあるかと思います.しかしながら,ヨットが向かい風をしっかりと帆に受け,舵を操りながら風に向かって前進する力を得るように,私たちもまた,会員の皆様の知恵と連携により新たな価値を創り出し,前進していくことができればと思います.まさにこれは,「新しい風を吹かせ,その風にのる」というスローガンの根底にある理念であると思います.

2022年度から開始された第3期長期ビジョンにおいては,技術伝承と人材育成,技術革新につながる基礎研究の推進,さらには素形材の魅力発信が主な戦略課題として掲げられています.これらはいずれも,現時点においてもなお最重要課題であると認識しております.とりわけ,技術伝承と人材育成については,講演大会・講習会・シンポジウムなどの学会行事に加え,鋳造協会や素形材センターをはじめとする関連学協会との連携が欠くことのできない要素であり,新たな仲間を迎えることがその第一歩であると考えております.

このような基盤のもと,研究・開発の観点からは,持続可能な社会の実現に資する鋳造技術の革新が,広く共有された重要課題となっています.これは,「鋳造工学に係る学術及び技術の振興を図り,日本及び世界のものづくり基盤産業の発展に寄与し,社会の豊かな生活を実現すること」という本学会の理念を体現するものにほかなりません.その実現に向けては,分野横断的に個々の技術者・研究者の英知の交流を促進し,基礎から応用に至るまでの学術・技術の体系化を図ることが不可欠であり,これこそが鋳造工学会に課せられた重要な使命であると考えております.

さらに,これらの活動を通じた鋳造工学の魅力発信は,新たな仲間を迎える契機となります.技術伝承,人材育成,研究開発,魅力発信が相互に連携する好循環をいかに構築し,発展させていくかが重要であり,そのためには,これまでの活動を継続しつつ,状況に応じて柔軟に見直しと改善を重ねていくことが必要であると考えております.

本稿は,ごあいさつというよりも,私自身の学びとこれまでの歩みの振り返りが強い内容となっておりますが,今後の活動に向けた決意として,何卒ご理解を賜りますようお願い申し上げます.状況に応じて学会活動を改善していくためには,風通しの良い学会運営のもと,会員の皆様ならびに関係者の皆様とともに知恵を出し合い,議論を深めていくことが不可欠であると考えております.「人材をキャスティングし,知を鋳込み,未来を切り拓く」という志のもと,微力ではございますが,本学会のさらなる発展に尽力する所存です.

結びに,会員の皆様の一層のご支援とご協力を賜りますようお願い申し上げますとともに,本学会のますますの発展と皆様のご健勝ならびにご活躍を心より祈念し,就任のごあいさつとさせていただきます.

* 京都大学大学院工学研究科材料工学専攻
Department of Materials Science and Engineering, Kyoto University

令和8年5月
公益社団法人日本鋳造工学会
 会長 安田秀幸