こんな記事を見つけたので、ご紹介。鋳造工学でも、この発想は使えるかも?
目的の機能を、複数の異なる特性を持ったものを複合することで強化し達成するという考え方だ。
鋳造なら、異質材料を鋳ぐるみする、ということになるのだろうか?
内部冷却するための水冷パイプを鋳ぐるみするということなども類似例といえよう。
ペロブスカイト・タンデムで変換効率32.76%を達成:「たった一つの分子」が太陽電池の限界を打ち破った革新のメカニズムとは
2026年4月2日
Y Kobayashi
https://xenospectrum.com/perovskite-topcon-tandem-solar-cell-mbt-efficiency/
地球に降り注ぐ太陽の光を、いかにして無駄なく電力に変換するか。人類が直面するこの巨大なエネルギー課題に対し、一つの決定的なブレイクスルーがもたらされた。National University of Singapore (NUS) やZhejiang Jinko Solarなどの国際共同研究チームが、次世代太陽電池の本命とされる「ペロブスカイト/シリコン・タンデム太陽電池」において、認定安定化電力変換効率32.76%という驚異的な数値を記録したのである。
科学誌『Nature Energy』に発表されたこの成果は、産業用の極薄シリコンウェハー上で発生する制御不能な結晶化の問題を、特殊な分子を添加するだけで根本から解決し、長期間の耐久性と量産化への道を同時に切り開いた画期的な発見なのだ。本稿では、この目覚ましい技術革新の背後にある物理的・化学的メカニズムを詳細に紐解き、我々のエネルギー社会にどのような変革をもたらすのかを見ていきたい。
シリコンの限界とタンデム構造という人類の解答
現在、世界の太陽光発電インフラの大部分を支えているのは、シリコンを主材料とする太陽電池パネルである。製造コストの低下と技術の成熟により爆発的に普及したシリコン太陽電池であるが、その発電効率には物理法則が定める絶対的な上限が存在する。ショックレー・クワイサー限界(S-Q限界)と呼ばれるこの理論値によれば、単一のシリコンセルが太陽光のエネルギーを電気に変換できる割合は、理想的な条件下でも約29%にとどまる。太陽光は多様な波長とエネルギーを持つ光子の集合体であり、シリコンは赤外線などのエネルギーの低い光子を吸収することには長けている。その反面、紫外線や青色光のような高いエネルギーを持つ光子を受け取ると、電子を励起するのに必要なエネルギー以上の余剰分を電気ではなく熱として散逸させてしまう性質を持っている。
この光のスペクトルに起因するエネルギーの取りこぼしを防ぎ、理論上の限界値を大幅に引き上げるために考案されたのが、タンデムアーキテクチャである。これは、特定の波長の光を吸収する特性(バンドギャップ)が異なる複数の素材を直列に重ね合わせる技術を指す。具体的には、上層にペロブスカイトと呼ばれる特殊な結晶構造を持つ化合物の薄膜を配置し、下層に従来のシリコンセルを配置する。ペロブスカイトは高エネルギーの短い波長の光子を極めて効率よく捕らえ、高い電圧へと変換する特性を持つ。上層のペロブスカイトをそのまま透過した長波長の光子を下層のシリコンセルが残さず吸収することで、太陽から届く広範な光のスペクトルを余すところなく刈り取ることが可能になる。この役割分担により、単一素材の限界を突破し、より多くの電力を生み出すことが可能になる。
産業用極薄ウェハーがもたらす熱力学的な障壁
タンデム構造の理論的な優位性は古くから証明されていたものの、これを実際の産業規模で量産しようとした際に、予期せぬ物理的な壁が立ちはだかった。世界の太陽電池製造の最前線では、生産性を高めコストを極限まで削るために、ウェハーの薄型化が急速に進んでいる。現在主流となっているTOPCon (Tunnel Oxide Passivated Contact) 技術を採用した産業用シリコンウェハーは、厚さがわずか130 µm程度にまで極薄化されている。この物質的な薄さが、上部にペロブスカイト層を形成するプロセスにおいて深刻な弊害をもたらすことになった。
ペロブスカイト層の製造工程では、前駆体となる溶液をウェハー上に塗布し、熱を加えて溶媒を蒸発させながら化合物を結晶化させるアニーリングと呼ばれる作業が行われる。ここで問題となるのが、薄型化されたシリコンウェハーが持つ熱特性である。厚みのないウェハーは熱を蓄える容量である熱質量が非常に小さく、同時に熱を伝える熱伝導率が極めて高い。高温の製造環境においてウェハーに塗布されたペロブスカイト溶液には急激かつ大量の熱が伝達され、溶媒の蒸発と結晶核の生成が想定をはるかに超える猛スピードで進行してしまう。この制御不能な急激な結晶化は、緻密な原子の配列を乱し、フィルム内部にボイドと呼ばれる無数の微小な空隙や構造的な歪みを生み出す原因となる。
非輻射再結合の罠:欠陥がいかにしてエネルギーを奪うか
急激な熱流動によって形成されたペロブスカイト結晶内部のボイドや欠陥は、顕微鏡下での見た目の問題に留まらず、デバイスの電気的な性能を根底から破壊する。量子力学の観点から微視的な世界を観察すると、結晶格子の乱れや結合の途切れは、エネルギー状態に不連続な隙間を作り出す。太陽光の光子を吸収して励起され、電流として流れ出ようとする電子や正孔(ホール)にとって、これらの不完全な構造は抜け出すことのできないトラップ(罠)として作用する。
電荷キャリアである電子が電極に到達する前にこのトラップに落ち込むと、周囲の正孔と引き合い、本来は外部に取り出せるはずだった電気エネルギーを熱エネルギーへと変換して消滅してしまう。この現象は非輻射再結合と呼ばれ、太陽電池の開放電圧と短絡電流を著しく低下させる最大の要因である。産業用の極薄ウェハー上で実験室レベルの高い変換効率が再現できなかった理由は、まさにこの熱暴走が引き起こす微細な構造欠陥に起因していた。さらに、構造に隙間が多い脆いフィルムは、後述するイオンの移動を容易にしてしまうため、長期間の屋外使用における耐久性を著しく損なう致命的な弱点ともなっていた。
分子設計の勝利:MBTによる結晶化ダイナミクスの支配
薄型ウェハーの高い熱伝導率という変えがたい物理的制約に対し、NUSとJinkoSolarの研究チームは、巨大な冷却設備や複雑な工程を導入するのではなく、極小の分子の振る舞いを設計するという化学的なアプローチを選択した。彼らは従来の無機イオンの制御に頼る手法から脱却し、ペロブスカイトの骨格を構成する有機成分の挙動をターゲットに設定した。その解決策として前駆体溶液に微量添加されたのが、2-mercaptobenzothiazole (MBT) と呼ばれる特殊な有機分子である。
MBT分子の真価は、その精緻な化学構造に基づくデュアルモード結合と呼ばれる特異な相互作用にある。この分子は、自身の構造内に複素環式の窒素原子とチオール基という、性質の異なる二つの結合部位を有している。ペロブスカイトの結晶化が始まろうとする際、MBT分子の窒素原子はペロブスカイトを構成する有機カチオン(FAカチオンなど)と水素結合を形成し、同時にチオール基が静電相互作用を通じて強固に結びつく。この二本の手による強力な捕捉が、熱によって激しく動き回ろうとする原子群の運動エネルギーを巧みに吸収し、結晶化の一歩手前の中間相を強力に安定化させる。
MBTはまるで分子レベルの可変抵抗器のように機能し、急激に流れ込む熱による結晶化プロセスに強力なブレーキをかける。原子群が無秩序に配列する前に適切な配置に収まる猶予が与えられるため、形成されるペロブスカイトフィルムはボイドを一切持たない極めて緻密で均一な単一の結晶構造へと成長を遂げるのである。
限界突破の認定効率32.76%と証明された耐久性
分子の添加による結晶ダイナミクスの完全な支配は、デバイスの電気的特性を劇的に向上させた。ボイドや構造の乱れが排除されたことで、前述の非輻射再結合を引き起こす電子のトラップは事実上消滅した。研究チームの測定データによれば、MBTを添加していない従来のセルにおけるトラップ支援再結合率が 3.2 × 10^5 cm s^−1 であったのに対し、本手法を適用したセルでは 4.3 × 10^4 cm s^−1 へと一桁近く低下している。電子がトラップに阻まれることなく電極までスムーズに流れる道が確立されたのである。
電気的損失の極小化は、そのまま出力の大幅な向上として結実した。0.925 cm²のテスト用モノリシック・タンデムデバイスは、1.97 Vという非常に高い電圧を記録し、標準試験条件下での最大変換効率は33.62%に達した。中国の公的計量試験機関であるNational Photovoltaic Industry Metrology Test Center (NPVM) の厳格なテストを経て、安定化電力変換効率32.76%という数値が正式に認定された。これは、大面積化を見据えたTOPConベースのタンデムセルとして世界最高峰の記録である。
同時に、この緻密な結晶構造はペロブスカイトの最大の弱点であった長期耐久性をも克服した。光や熱に晒されると結晶内部のハロゲン化物イオンが移動して局所的に偏るハロゲン化物の偏析という現象が、隙間のない強固な構造によって物理的に阻止されたのである。相対湿度85%という極めて過酷な環境下において、最大電力を引き出し続ける条件下で連続稼働させるストレステストを実施した結果、デバイスは1,700時間という長期間の照射を経た後でも初期効率の91%を維持し続けた。
既存の巨大製造インフラとの完全なる融合
いかに理論的に優れ、実験室で高い数値を記録した技術であっても、現在の産業構造に適合できなければ広範な普及は見込めない。本研究が太陽電池業界に計り知れない衝撃を与えている最大の理由は、既存の巨大な製造サプライチェーンの基盤を一切損なうことなく導入できる極めて高い拡張性を備えている点にある。
この研究でベースとして使用されているのは、世界中の工場で日々大量生産されている市販のチョクラルスキー法による単結晶シリコンウェハーである。さらに下層のシリコンセルは、現在の標準技術であるTOPConプロセスをそのまま用いて製造されている。上層の構造も、インジウムスズ酸化物の透明電極や酸化ニッケルの正孔輸送層、自己組織化単分子膜、バックミンスターフラーレンの電子輸送層を順次重ねていくという、産業的に確立されたプロセスに完全に準拠している。MBT分子を溶液に添加するという化学的手法は、大面積向けの高速塗布プロセスに直接組み込むことが可能であり、数百億円規模の新たな製造設備投資を必要としない。
人類は今、気候変動の危機に立ち向かうため、化石燃料を中心としたエネルギーシステムからの根本的な脱却を迫られている。ペロブスカイトとシリコンの融合によって太陽光パネルの単位面積あたりの発電量が飛躍的に増大すれば、都市部のビル壁面や電気自動車のルーフなど、これまで設置面積の制約で導入が困難だった場所が巨大な発電所へと生まれ変わる。極微の分子が見せた化学結合の振る舞いが、やがて地球規模のクリーンエネルギーネットワークを構築し、我々の持続可能な未来を力強く支える屋台骨となっていくはずだ。
論文
Nature Energy: Additive-assisted perovskite crystallization on industrial TOPCon silicon for tandem solar cells with improved efficiency
https://www.nature.com/articles/s41560-026-02010-z
参考文献
TechXplore: Molecular additive boosts silicon-perovskite tandem solar cell efficiency to 32.76%
https://techxplore.com/news/2026-03-molecular-additive-boosts-silicon-perovskite.html

