三輪 謙治さん(61歳)科学技術交流財団
第84巻(2012)第5号
蓄積した知識や勘に基づいた新しい発想は,
しつこく追い続けることが大事.
最初はだれからも相手にされなくても,
諦めないことで大きな成果が得られる.
<プロフィール>
- 氏 名: 三輪 謙治さん(61歳)科学技術交流財団
- 出身地: 愛知県
- 略 歴: 1974年3月名古屋工業大学工学部卒業,76年3月同大学院工学研究科修士課程修了,同6月名古屋工業大学工学部助手,86年工学博士,91年1月名古屋工業大学講師,同6月通産省工業技術院名古屋工業技術試験所(現:産業技術総合研究所),2011年4月公益財団法人科学技術交流財団,現在に至る
Q この5月まで会誌の編集委員長を4年間務められましたが,振り返ってどんな感想でしょうか.
A ロードマップの展開に合わせ,結局2期4年間務めました.振り返れば楽しく,面白くて勉強になったというのが感想です.二十余名で構成される編集委員会のメンバーは個性的なすばらしい人たちが揃っていて,こちらが提案すれば打てば響くような反応でさまざまなアイデアを出してくれます.私がしたことといえば,人の得意な部分を見極めて力を引き出すようにしたくらいで,あとは皆が応えてくれました.その結果会誌もとても良くなってきていると思っています.誰かが問題を提起して,みなが一丸となって解決していく様子というのは感動しますよ.もうちょっと編集委員会にいたいくらいですが,そろそろ次に譲らないと(笑).
Q そもそも三輪さんと鋳造,そしてセミソリッドプロセス研究との出会いはどのような形だったのでしょうか.
A 私は大学学部のときは物理冶金の研究をしており,大学院の修士課程で鋳造の研究室に入りました.それまでは固体だけを扱っていましたが,鋳造の場合は液体もあるし,液体から固体への相変態もあるのでこれはおもしろいと思い選択したのです.鋳造の研究室の指導教官だった市川理衛先生はよく「境界領域」という言葉を使いました.液体や固体とは違う領域,すなわち境界に新しい展開がある,ということをおっしゃっていたんです.そのころ,アメリカでセミソリッドを扱う研究が出てきて,先生に「こんな研究があるけどどうだ?」と言われ,ほかにもいくつか示されましたが,私はセミソリッドを選びました.まさに境界領域ですし,人があまりやっていない研究ということに魅力を感じたのです.ところがだれもやっていないことというのはとても大変でしたね.なにしろ参考になる資料も文献も非常に少ないのですから.新しくデータをとればばらつきが出るし,3年くらいは本当に苦しみました.何度やってもうまくいかないとめげそうになります.実験室に「Never give up」と書いた紙を貼って自分を励ましながら地道に研究を続けました.そして,たとえばセミソリッド状態の組織を凍結して研磨とエッチングで数10ミクロンずつ削っていって固相粒子の立体構造を明らかにするといった,普通は絶対にやらないような手間のかかる測定も行いました.大変でしたが,しかしそうすることで感覚的に現象を把握することができるようになりました.
研究がうまく進まず苦しんでいたころ,市川先生に「君なあ,道が途中で二つに分かれていて,どちらに進むか迷ったとき,どっちを選ぶね.そのような機会が今後の君の人生にあったら,迷うことなくきつい道を選びなさい」と言われました.当時はなんでわざわざきつい道を選ぶのだろう,楽な道を選んで早く目的地に着くほうがいいにきまっていると思っていましたが,当時の苦労を思い出すと,諦めずに,また手間を惜しまなかったことで得たものは大きく,先生のおっしゃるとおりだったと思っています.
Q お仕事で印象に残っていることはどんなことがありますか.
A 名古屋工業大学から名工試(現:産総研)に移ってから新しく始めた仕事に,電磁振動による金属組織の微細化技術の開発があります.電磁振動で結晶が微細化するという現象を追いかけて,いろいろな材料に適用したら全部微細化できるということがわかりました.それはひとつの大きな仕事として印象に残っていますが,さらに,電磁振動でそれだけ小さくできるのであれば,限りなく微細化していったら結晶がなくなるのではないかという発想から,アモルファスになるのではないかと考えました.そして金属ガラスができやすい合金系で条件を的確に設定すれば金属ガラスが形成できるということを発見したのです.でもそれを国内の学会で発表すると,当時のアモルファスの専門家からは「振動によってアモルファスができるなんてありえない」と受け入れてもらえませんでした.液体金属に振動を与えることは結晶化のサイトを与えてアモルファス化を妨げるというのが常識だったのです.データは明確に事実を示しているにもかかわらずなかなか信じてもらえず,歯がゆい思いをしました.そこで海外で発表したところ,これが大きな反響を呼び,海外から有名な研究者が来たり共同研究を行ったりするようになり,ようやく日の目をみることができました.新しい発明は最初はだれからも相手にされないというのはよく聞く話ですが,まさにそれを体験することになり,貴重な経験をしたと思います.
Q では,これからの若い人たちへメッセージをお願いします.
A 私の恩師の市川先生が退職される際,色紙に何か書いてくださいとお願いしたら,先生は「ちょっと気障だけど」と言いながらドイツ語で“Wo ein Wille ist, da ist auch ein Weg.”(意志のあるところに道ができる<直訳>精神一到何事か成らざらん)と書いてくださいました.私は研究ではいろいろな苦労をしてきていますが,粘り強く,諦めないことで大きな成果が得られるということを体験しています.これまでの経験,蓄積した知識や勘に基づいた新しい発想は,しつこく追い続けることが大事です.がまんできずに諦めてしまったら大きな成功体験は決してできません.若い人たちにもぜひ,意志をしっかり持って粘り強く取り組む姿勢を大切にしてほしいと思います.
<コラム> 三輪さんに5つの質問!
Q1 趣味は?
Q2 自分を動物に例えると?
Q3 もし旅に出るとしたらどこへ?
Q4 子供の頃得意だった科目は?
Q5 仕事のパートナーに選ぶとしたらどんな人物? |
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