公益社団法人日本鋳造工学会|Japan Foundry Engineering Society

木村博彦さん(71歳)株式会社木村鋳造所会長

木村博彦さん(71歳)株式会社木村鋳造所会長

第83巻(2011)第11号

複雑で暗黙知がいっぱいあり,
いつまでも解明できない.
それがものづくりを
ずっと
おもしろいものにしてくれるんです

<プロフィール>

  • 氏 名: 木村博彦さん(71歳)株式会社木村鋳造所会長
  • 出身地: 静岡県
  • 略 歴: 1964年早稲田大学理工学部卒業,同4月木村鋳造所入社.1982年代表取締役就任,2011年同社会長.

 

Q 幼いときから鋳物一筋という木村会長ですが,ほかの職業や業種に就きたいと思ったことはありませんか.

A まったくありません.私は木村鋳造所の3代目として生まれ,父親の教育方針は「大きくなったら鋳物屋になれ」でした.物心ついたときから100万遍も言われ続けたら,もうそれしかなくなります.大きくなったら鋳物屋になる,それ以外は考えられなかったですね.早稲田大学の理工学部に入ったのも,父親の代は職人が鋳物を作っていた時代でしたが,その職人の知識を理論的に整理したいという気持ちがあったからです.技術がわからないと,鋳造業の経営なんてできないだろうと.とにかく鋳物一筋で,それしかないというところがあるんです.

 

Q では,鋳物のおもしろいところはどんなところでしょうか.

A よく言われることですが,やはり「形作りの自由度が高いこと」でしょう.でも,ものづくりの自由度が高いということは,逆に言えば変化のファクターが多すぎて,コントロールが難しいということでもあるんです.以前,ある学者と話をしていて,「鋳造において,個人のスキル度で作るのは我慢ならない.技能をデータベース化して技術に切り替えて確立したいのだ」と言ったら,彼は「いくらスキル度を減らしてデータベース化してもまた次から次へと新たなスキル度が出てくるのが,仕事というものだ.それに加えて,新たな暗黙知も泉のようにわいてくる.それが技術じゃないのか」と言われました.そう言われればそんなような気もしてきて(笑).スキル度をデータベース化して減らせば,今度は暗黙知がスキル度に置き換わり,また新たな暗黙知が生まれる……こういう大きなフローの中で回していくのが,技術を高めることなんじゃないかなという気がしています.複雑で暗黙知がいっぱいあっていつまでも解明できない.それが物づくりを,ずっと面白くしてくれるんですね.

 

Q お仕事の思い出で最も大きなものはどんなものですか.

A 最も印象深い思い出は,御前崎工場の計画と建設です.

 御前崎工場の計画が持ち上がったのは1986年で,ちょうどバブル期だったのです.実は,バブル期というのは第二次オイルショックが終わったあとの不況期でもあったんですね.当時本社工場と群馬工場の2工場がありましたが,仕事量はというと本社工場でこなせるくらいの量しかなかったんです.そういう中で,莫大な投資の建設計画ですから,ずいぶん反対もありました.でも私は,本社工場と群馬工場だけでは,木村鋳造所はきっと将来疲弊して,つぶれるだろうと確信していました.織田信長で言えば桶狭間の戦いの気持ちで,なんとしても大物に対応できる御前崎工場を立ち上げることが,木村鋳造所の生き残りの道だと思っていたんです.今思えばずいぶん危険な賭けで,まさに社運を賭けていたわけです.賭けというのは勝敗五分五分ですよね.それを何回もやったら,次は25%になり,その次は12.5%になり・・・と,負ける可能性が大きくなっていく.織田信長だって桶狭間みたいな賭けは生涯1回限りで,あとは理詰めで勝負でしょう.だから木村鋳造所もあんな賭けは1回限りです.それだけに大変印象深いエピソードですね.

 

Q 今年社長を交代し,会長になられましたが,10年前から計画されていたということですが.

A そうです.10年前からきちんと計画を立ててやりました.我々のようなファミリーカンパニーにとって,事業継承というのは社長の大きな仕事の一つなのです.

木村鋳造所は話し合いの文化を大切にしています.私が33歳のときにワンマン社長だった父親が倒れ,跡を継ぐことになりましたが,6人で役員会を構成し,「全員一致の話し合いで行こう」と決めたんです.でも全員一致というのはとても大変で,最初は一つのことを決めるのに何カ月も議論しなければなりませんでした.そこで情報を徹底的に開示して,共有することにしたのです.情報が共有できていると,だいたい自分が考えていることと同じようなことを他の人も考えているものなんですね.そうして近い結論に達したところで話し合いをすると,うまくまとまるんです.私は29年間社長をやりましたが,役員会での私の発言はというと,1割程度しかありません.あとは皆の話をただ聞いているんです.経営者はえてして情報を独占してカリスマ性を維持しようとするものです.でも,そんなカリスマ性はいらないと思いました.皆も,自分の発言が「それいいね,じゃあそうしよう」と決まっていけばいちばんいいことでしょう.そしてそういう話し合いの文化というのは意思決定の場,役員会にいなければわかりません.それで10年前に社内発表し,私の息子-現社長を31歳で役員にしました.10年間言い続けていれば,社内の人間も社外の人もそういうものだと思うようになり,スムーズに引き継ぐことができました.

今,東日本大震災という大きな災害を経て時代が変わりつつあります.生活インフラを脅かされ,人間社会,人類文明の構築や維持管理がますます難しくなってくるでしょう.鋳造業も大きな変革を求められています.しかし,私は将来は少し明るさがあると思っています.そしてそれが見えてくるのも,遠い先ではないと思います.上手に変革できるかできないかが,いちばんのポイントになるでしょう.難しい時代かもしれませんが,うまく乗り切っていきたいですね.

 

<コラム> 木村さんに5つの質問!

 

Q1 趣味は?
A  ゴルフ,読書

 

Q2 座右の銘は?
A  「夢と行動」「伝統は変革の連なりなり」

 

Q3 自分の性格を一言で言うと?
A  短気な楽天家

 

Q4 あなたにとって鋳物とは?
A  私の人生です

 

Q5 これから鋳造を極めようとする人にメッセージを
A 鋳物に惚れてください

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