公益社団法人日本鋳造工学会|Japan Foundry Engineering Society

糸藤春喜さん(57歳)東北大学ACSセンター

糸藤春喜さん(57歳)東北大学ACSセンター

第84巻(2012)第1号

論文を書きたくなくて
大学進学をやめたのに,
その後一転,
世界レベルの研究を意識して
海外にまで論文を送る研究者に

<プロフィール>

  • 氏 名: 糸藤 春喜さん(57歳)東北大学ACSセンター
  • 出身地: 山口県
  • 略 歴: 1976年,山口大学工業短期大学部機械工学科卒業.80年,京都大学鋳造冶金学科研究生.94年同大学にて博士号取得.82年,宇部興産㈱(現㈱宇部スチール).2011年,㈱宇部スチール退職,現在に至る

Q どのようにして鉄や鋳物と関わるようになったのですか.

A 鋳物と関わったのは仕事を始めてからになりますが,幼いころ,遊びで磁石を引きずっては「磁石には鉄がくっつくのだな」と興味を持ったり,10歳年上の兄が溶接士をしているのを見て,私も将来は溶接士になりたいなと思ったり,金属に対しての関心は子供のころからありました.しかし,大学でそれを研究しようとは思っていなかったんです.中学生のとき,国語の先生から「大学に行ったら,論文を書かなければ卒業できない」と言われ,作文が大の苦手だった私は即座に「それならば大学には絶対に行かない」と決めましたので.まさかその後,世界レベルの研究を意識し,海外にまで論文を送るようになるとは夢にも思わなかったですね(笑).

 中学校卒業後は大学に進学する気もないまま工業高校の金属科に入りましたが,高校時代も大して勉強もせず,遊んでばかりいました.担任の先生から「今までで初めてじゃ,こんなクラス」と言われるほど学校一荒れたクラスで,授業中に騒ぎすぎて床を踏み抜き,床に散乱した灰皿やタバコの吸殻が1階下の校長室まで落ちてしまったことがあるほどです.就職試験のときも,他の学生は刈り上げて真っ青な頭で臨む中,私は長髪で茶色い靴を履いて出かけて行きました.でも,遊んでいた割に成績はそれほど悪くなく,不景気で就職難の時代でしたが,ここと決めた会社に就職することができました.

 就職した宇部興産㈱はちょうどCV鋳鉄をやりはじめの頃でした.私は現場で鋳造方案から溶解,造形,熱処理など鋳鋼・鋳鉄の鋳造工程をひと通り経験し,さらにCV鋳鉄の材質研究や実用開発と,鋳造と深く関わるようになります.そのうち,仕事を進める中で経験だけで学ぶことの限界を感じるようになり,ようやく大学を意識するようになりました.自分で考えたって一日では理解できない難しい理論などは,大学へ行って学んだほうが効率のいい理解ができるのじゃないかな,と思うようになったのです.そんな折に,大学への進学者を募る社内公募があったので,私も応募しました.30人の応募者の中で合格者は2人でしたが,私は合格することができ,京都大学の学力審査を経て研究生として入りました.そこでさらに本格的に鋳造を研究することになりました.

 

Q お仕事で楽しいと思うときはどんなときですか.

A 研究,品質が狙った通りにできたときです.そして,黒鉛球状化理論「サイト説」が現場技術への応用に成功したとき,大きなやりがいを感じました.

私は,研究ではいつもメインテーマのほかにこっそりとサブテーマを設けています.京大の研究生の時代には「球状黒鉛鋳鉄の引け巣欠陥の熱解析及びその対策」をメインテーマにし,サブテーマとして「CV黒鉛の晶出過程・内部結晶構造の調査」を設け,会社では「厚肉球状黒鉛鋳鉄の製造技術確立と実態強度保証」「鋳鋼の品質と生産性向上」をメインテーマに掲げて,一方で「Mgハローの検出,Mgボイドの観察,フリーMg分析」「Chunky黒鉛の凝固過程・内部結晶構造の調査」をサブテーマにしていました.メインテーマというのは,会社で給料をもらう以上はぜったいに変えられないテーマで,なにが何でも優先してやらなければなりません.サブはその裏で時間の空いたときに進める研究です.こちらの方は修正も自由にできますし,実はかえって効率よく進めることができ,うまく行くことが多いのです.だから私の設けたサブテーマはみんな成就しています.とはいえ,サブテーマを設けることは決して自分のためだけではなくて,サブでやっていた研究が本テーマの中に組み込まれていったりすることも珍しくありません.そのときにはまだあまり多くの人が関心を持つテーマではなくても,後になって大変役立つこともあります.たとえばどこの会社でも悩んでいるチャンキー黒鉛の問題にしても,裏で研究していたおかげで,世の中で騒ぐころにはもう解決していましたし,レアアースなしの球状化剤を造ろうなどというのも,もう30年も前からやってきています.そういう意味では,裏テーマでやっていることとはいっても,立派に貢献しているわけです.これから会社で上に立つ人は,ぜひ,部下の研究を100%監視しないで「遊び」を与えてほしいと思います.メインテーマのほかに設けたサブテーマだって,多少お金はかかるかもしれないけれど,でもそれは無駄なことではないと,長い目で見て認めてあげてほしいですね.

 

Q では,これから本格的に鋳造へ取り組んでいく若い人たちへのメッセージをお願いします.

A 自分から志願してでもまず現場に行く,ということから始めてください.どんなにいい研究と思っていたって,現場で使えなければ意味がないからです.私がいくら「サイト説」を唱えても,7割,8割当たっていなかったら現場は動いてくれません.「大先生がいらっしゃったよ」なんていやみを言われてしまうでしょう.現場に行かないと技術も研究もなく,物づくりは始まらないんです.何もかもやっていたら身がもたないという人もいるかと思いますが,少なくとも現場は知っておくべきです.私だっていまだに現場に行って状態図がわからないことがあるくらいなのですから.鋳造は“古くて新しい”技術,やることはいくらでもあります.ぜひ,楽しく取り組んでほしいと思います.

 

<コラム> 糸藤さんに5つの質問!

 

Q1 自分の仕事に点数をつけると?
A  物づくり:90点 研究:70点

 

Q2 自分の性格を一言で言うと?
A  好奇心が強く,マイペース

 

Q3 趣味は?
A  写真,山登り,ウォッチング(鳥,人,花,山野),家庭菜園,旅行

 

Q4 座右の銘は?
A  大胆に! 繊細に!

 

Q5 野望(大志)を教えてください
A 「サイト説」の現場への普及.国立鋳物研究所の設立

PAGETOP
Copyright © 公益社団法人 日本鋳造工学会 All Rights Reserved.
Powered by WordPress & BizVektor Theme by Vektor,Inc. technology.