野口 徹さん(69歳)北海道大学名誉教授
第84巻(2012)第8号
戦時中に生まれ
物心ついたときには占領下.
“日本に必要なのは技術力”
と思った10歳の頃から初志貫徹,
北大で40年間,研究と教育に従事.
<プロフィール>
- 氏 名: 野口 徹先生(69歳)
- 出身地: 北海道
- 略 歴: 北海道大学工学部機械工学第二学科卒業,同大学修士課程修了,北海道大学講師,助教授を経て1989年教授,2007年3月定年退職,名誉教授.2009年3月まで特任教授,客員教授.2009年4月室蘭工業大学理事・副学長,2012年3月退職
Q 野口先生は10歳の頃から北大工学部を目指されたということですが.
A 私は戦中の生まれで,2歳で敗戦,物心ついたときは占領下でした.アメリカの進駐軍がジープで走り回るのを横目に,我々は食べ物も十分にない暮らしでしたから,日本が豊かになって皆が楽しく暮らせるようになるにはどうしたらいいか,子供心に真剣に考えたものです.そして,そのためには科学技術を振興させ,日本の技術力を上げなければならないと思いました.それが10歳くらいの頃ですね.ちょうどその頃,北大の設立何十周年かのイベントでオープンキャンパスをやって,私も母に連れられて遊びに来たことがありました.そのとき,初めて工学部の機械工学科の実験室を見たのです.大きなドイツ製のディーゼルエンジンが回っていたり,歯車の模型があったりする中で,学生が実験をしていました.それを見て,私はすっかりこの大学に入ると決めました.
当時は,私に限らず工学部を目指す子供が多い時代でした.日本に必要なのは技術力だと誰もが思っていたのでしょう.私たちは非常に一生懸命勉強しましたが,それは特別ハングリー精神に富んでいたというわけではないんです.文字通り,本当にハングリーだった.いつでも腹を空かせていて必死だったんです.そして私は10歳の頃に決めた通り,高校卒業後は北大工学部に進学しました.
Q 機械工学科の中で鋳造と出会ったのはどういうきっかけだったのでしょうか.
A 学部時代は内燃機関の研究室にいたのですが,修士課程に進むときに,当時教授だった長岡金吾先生に「私のところへ来ないか?」と声をかけていただいたんです.長岡先生は機械工学科の先生でしたが鋳鉄の研究をされていましたので,私も鋳造にかかわることになりました.
元来,機械工学科における機械材料という分野は,いってみれば亜流なんです.材料力学,熱力学,流体工学,振動とか制御とか,そういう分野があくまで本流であって,機械材料というのはあまり注目されません.実際,研究の評価が極めて低く,周りの目が冷たくてつらい思いを抱えながら研究を続けていた時代がかなり長くありました.今となってはよい思い出ではありますが,その最中にいたときは相当にきつい精神状態で,もうやめようかと思ったことも何度もありました.そんな中,74年に日本鋳物協会(現:日本鋳造工学会)の小林賞をいただいたのです.「ああ,私の研究をわかってくれる人がいたんだ」と,これは本当に大きな励みになりました.その後も尊敬する先生や研究者がずいぶんサポートしてくれ,また地元の鋳物屋の方々からテーマをもらい,なんとか研究を続けてきました.そして機械工学の中で材料工学というのをもう少し手法として位置づけようと,後の2001年に『機械材料工学』という本も書きました.
北大には40年間いましたが,「ああ,これが天職なんだ,私はこれでよかったんだ」と思うまでには実に25年ほどもかかりました.目の前に尊敬できる先生や支えてくれる人たちがいたから乗り越えられたので,そうでなければ脱落していたことでしょう.私は本当に周りの人々に恵まれたと思っています.
Q 研究をしていて楽しいと思うのはどんなときですか.
A 謎解きのプロセスですね.現象には必ず理由があり,推理,計算して最後には「絶対にこうだ」と言える答えが見つかる.そのプロセスが最高に面白いと思います.私は機械材料を専門にしているので,いろいろな破壊事故の解析の仕事がずいぶん入ってきます.たとえばガス管の破裂や機械の倒壊とか,北海道内での事故はかなり手がけました.それを,どうしてこうなったのかと考えて,皆でディスカッションする中で新たなひらめきが生まれ,ここのファクターをこういう風にしたらここの計算がこうなって……と考え出すと興奮で夜も眠れなくなります.夜中の2時だろうが明け方だろうが,思いつくと飛び起きて机に向かって計算を始めるなどということも苦になりません.そして解けると「やった!!」となり,早朝から長岡先生に電話をかけて「解けました!」とやるわけです(笑).謎解き,そして謎に迫るときの興奮状態.これは研究者の醍醐味であり,そしてそれが世で評価され,役に立ったら本当に幸せです.
Q これから鋳造の研究を極めようとする人たちにメッセージをお願いします.
A まず,新しい課題やテーマというのは産業の現場にいくらでもあるということを知ってほしいです.技術の現場で困っていることを解き明かすのにテーマはいくらでも生まれます.そしてそれを追求していくことでまったく新しいテーマが生まれることもあるのです.
次に,一緒に議論する仲間を持つことです.一人でできることには限界があります.仲間とのディスカッションの中で,考え方というのはどんどん進化していくものです.
そして研究の成果はかならずまとめ,発表すること.ヒットを打って塁に出ても,ホームに戻らなければ得点にはなりません.研究をまとめて世に出すことを恐れないでほしいと思います.誤りがあったっていいんです.間違いに気づくことは大きな一歩で,それを繰り返しながらでなければ真実にはたどりつけません.私だって何度も論文をリジェクトされた経験があるし,いまだに学生と話しているときに自分の間違いに気づくことがあるほどです.間違いを恐れて臆病になってしまっては前に進みません.若い人たちには大志を抱いてがんばってほしいと思います.
<コラム> 野口先生に5つの質問!
Q1 趣味は?
Q2 もっとも影響を与えられた人物は?
Q3 座右の銘は?
Q4 ご自分の性格をひと言で言うと?
Q5 今,いちばんしたいことは? |
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