オーステンパ球状黒鉛鋳鉄は強度に優れているそうですが,大型の機械部品にあまり用いられていないのはなぜですか?

 「オーステンパ球状黒鉛鋳鉄」とは,特殊な熱処理で基地組織をベイナイトにすることにより,高靱性を持たせた高級鋳鉄です.一般的に,ADI(Austempered Ductile Iron)と呼んでいます.このADIは,一般的なパーライト系の球状黒鉛鋳鉄に比べて,高強度であるにもかかわらず高い伸びを示すことが知られています.熱処理のパターンとしては,A3またはA1変態点以上の温度(900℃程度)に加熱して基地組織をオーステナイト化した後,マルテンサイト生成温度Msより高い温度(375℃程度)で恒温変態させます.恒温変態には,通常ソルトバスが使われます.大物品の場合,肉厚であったりサイズが大きいために,内部まで十分な冷却速度が得られず,パーライトが析出する問題があります.また,無理に冷却速度を速めると,構造によっては大きな内部応力が溜まり,割れることがあります.ADI特有の水素脆性による割れの問題もあります.コスト的にも,大型のソルトバスが必要な事や,鋳鋼との競合においてADIと鋳鋼のどちらが優位かの課題があります.こう言う訳で,オーステンパ球状黒鉛鋳鉄は,大型の機械部品にあまり用いられないと考えられます.      (『鋳造工学』87巻11号掲載)