ご挨拶

~【新しい風を吹かせる】から【新しい風に乗る】~
~From “Blowing a New Wind” to “Riding on a New Wind”~

 

 令和4年5月に開催された総会後の理事会におきまして,公益社団法人日本鋳造工学会の令和4・5年度の会長という大役を拝命いたしました.日本鋳造工学会は,昭和7年(1932年)に設立され,今年創立90周年を迎えることとなります.90周年を迎えるにあたり,当会を支え育てて頂いた諸先輩方や会員の皆様,多くの関係各位より賜りましたご支援ご協力に対しまして厚く御礼申し上げます.

 製造業を取り巻く環境は混迷を極めています.新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は変異株の影響などから予断を許さない状況が続いており,これらの状況が人やモノの移動の制限を生み,さまざまな製品分野にまたがるサプライチェーンの混乱が生じております.また一方では,カーボンニュートラル化に向けたさまざまな施策が要求される状況も生まれています.加えて,労働力不足や,グローバル競争の激化などの課題も山積しており,先の見通しが効かない「不透明感」はかつてないものとなっています.

 このような状況の中,令和2・3年度は,【新しい風を吹かせる】として,日本鋳造工学会に変化の風をもたらしてきました.いろいろな知識,そして多様な経験の上にこそ,新しい風を起こす可能性が高くなります.コロナ禍におけるこれまで通りではない生活環境(ニューノーマル)に生きることが【新しい風】を受け入れることです.新しい風のなか,日本鋳造工学会はオンラインでの学会や,講習会の開催,人材育成に力をいれて参りました.

 令和4年度,
日本鋳造工学会はこれまでの【新しい風を吹かせる】から,
【新しい風に乗る】をスローガンにします.
コロナ禍を乗り越え,新しい風に乗ることによって,旋風を巻き起こします.

 「新しい風」の本質とは閃きではなく,あくまで既に持っている知識の中で,研究・開発・製造など新たな価値を創造することであり,今後は,更に外部からの知識・技術・ノウハウを取り込むことが重要です.【新しい風に乗る】とは,現在の時流(グリーン化,DXなど)を見極めつつ,明確なビジョンをもって正しい風をとらえ,進むべき方向を慎重に検討するということなのです.コロナ初期においては,世界中の物流が寸断され,人手不足などによる生産減少が起こり,コロナ後期となる現在は,経済活動が勢いを戻しつつありますが,急速に膨らんだ需要に生産・物流が追いつかず,資源価格の急騰が起こっています.さらにロシアのウクライナ侵攻による経済制裁等から,資源・エネルギーの供給不足となり,素形材産業をはじめ製造業において非常に大きな影響を及ぼしています.急激な原材料価格の高騰は,その上昇分を販売価格に十分に転嫁できていない状況の中小企業経営にとって大きな打撃となり,コロナ禍は,製造業が従来の在庫を減らす「ジャストインタイム」から,「念のため」の災害対応の在庫積み増しを重視する「ジャストインケース」への転換,あるいは海外などからの供給途絶リスクのある「グローバル・サプライチェーン」から国内中心の「ローカル・サプライチェーン」への転換なども視野にいれなければならない状況をもたらしています.平時でのグローバル型サプライチェーンによる競争と,有事の際の国内生産によるローカル型に迅速にスイッチする柔軟な生産体制づくりも必要とされています.

 中小企業の多くが抱える,コンピュータソフトウエアやデータベースといった情報化資産への投資の遅れは,日本企業の国際競争力低下の根本原因となっています.大量に安く,かつ品質の良いものを作るという製造業は,それだけではグローバル企業として戦って生き残っていくことは難しくなっています.より付加価値の高い製品製造,ソフトウエアやデータベース開発を含めたデジタル投資とデジタル人材が必要不可欠です.日本はデジタル化で世界に遅れをとっていると言われていますが,ロボットや電機などモノと結びついた部分では一日の長があります.省エネ技術が世界トップクラスであるように,製造業は技術を積み上げつつ最後に残った課題をどう解決するかで強みを発揮できるし,まだまだ世界をリードできると思っております.

 エネルギー問題に関しては,現在,発電電力量の7割以上を占める火力発電は,半数が石炭火力であり,燃料の供給や,カーボンニュートラルの課題があります.電源全体の脱炭素化が不可欠であり,火力発電の在り方を抜本的に見直す必要から,水素・アンモニア発電が着目されています.既存の火力発電設備を改修することで実現できるため,設備を有効に活用しつつ非化石電力を供給できます.また資源の少ない日本はエネルギー源を輸入に頼ることが主流となりますが,従来の石炭とは異なり,水素・アンモニアは,東南アジアやオーストラリアなどのオセアニア地域からの資源を有効に活用できることも魅力です.

 カーボンニュートラルの実現に向けて,再生可能エネルギーの比率をどこまで上げるのかというのも論点のひとつですが,ある種の現実解として「原子力発電」をどこまで稼働させるのかも考えなければなりません.事実,次世代原子力である小型モジュール炉の導入議論が上がっています.小型であるため,大型炉よりも冷却が早いとされ,しかも,原子炉全体をプールの中に沈めておくことができるため,メルトダウンを起こしにくく安全性があり,小型のため工事期間も短いという利点があります.現在実用化に向けた技術開発中であり,2028年ごろの実用化を目指しているといわれています.

 こうした流れを踏まえ,日本鋳造工学会は,With/Afterコロナの時代に対応し,SDGsやカーボンニュートラルなど技術革新に繋がる基礎研究の推進により鋳造工学に係る学術及び技術の振興を図るとともに,技術伝承の推進とオンラインを活用した鋳造業界のPRや若手人材育成を戦略的に行う活動及びグローバル活動の強化など,産業界からの要望に応えるべく,様々な活動を積極的に展開してまいります.

 今,素形材産業には苦しい状況が訪れているかもしれませんが,エネルギー問題に立ち向かうことは次のステップへと繋げる良い機会であり,日本の底力を見せるチャンスです.学会として,研究分野のクラスターを再構築し,オールジャパンで乗り越えていこうではありませんか.今般,会長という責を引き受けることとなり,わが国の素形材産業の重要な一端を担う存在として,関係各位のご支援とご協力を仰ぎつつ,皆様の声に耳を傾け,意志を持って取り組んで参ります.

 

令和4年5月
公益社団法人 日本鋳造工学会
会長  清水 一道