回転曲げ疲労試験により得たS-N曲線において,FCD700材で鋳放し材よりも熱処理材の方が傾きが立っているのは何故でしょうか

 FCD700材を熱処理すると引張強さ,硬さが向上する様に静的機械的性質が上昇します.しかし,伸びや絞りといった延性特性は低下します.これはFCD700材の鋳放し材がフェライト組織とパーライト組織の二相組織であるのに対して,熱処理材はパーライト組織の単相になるからです.

 球状黒鉛鋳鉄において基地組織中に存在する球状黒鉛はマトリクスとの接着強度はほとんど無いことから,試験片内部に球状の空孔を含んだ材料と見なせます.また,鋳鉄特有の引け巣なども疲労破壊の起点となることが知られております.そのため,応力を負荷すると,これら黒鉛の周囲や引け巣端部には応力集中が生じます.この応力集中箇所を起点として,疲労亀裂が発生し,その亀裂が進展した後,ある限界の亀裂長さに達すると疲労破壊を生じます.FCD700材の熱処理材はフェライト組織に比べて硬く,静的強度(特に0.2%耐力)が高いパーライト基地であるため,疲労亀裂の発生応力は高くなります.しかし,ひとたび疲労亀裂が発生すると,フェライト組織に比べ,亀裂に対する抵抗(じん性)が小さいため,亀裂進展速度は速く,疲労亀裂はほとんど応力振幅の繰返しを伴うことなく疲労破壊に至ります.一方,鋳放し材はフェライト組織を含むため,疲労亀裂の発生応力が低くても亀裂進展速度はパーライト基地に比べて遅く,亀裂が破断までに達する繰返し数は応力振幅の大きさに依存します.その応力振幅が小さいほど,繰返し数は長くなります.すなわち,両材のS-N線図の傾きは,疲労亀裂が発生してから破断までの繰返し数の差が影響していると言えます.

(『鋳造工学』88巻2号掲載)