鉄鋼は水で焼入れると硬くなりますが,アルミニウム合金は硬くなりません.なぜなのでしょうか?(質問者:まーかす)

日本刀や包丁などの素材に用いられる一部の鉄鋼では,800℃程度に加熱した後の急冷直後(水で焼入れる)に硬さが著しく増大することがあります.この現象は,マルテンサイト変態に起因し,鉄鋼の代表的な強化メカニズムとして古くから利用されてきました.マルテンサイト変態では,急冷に伴う瞬間的な結晶格子の変化(原子の拡散を伴わない「無拡散変態」)に応じて,転位密度の急増や添加元素である炭素の過飽和度の増大などに起因して急冷直後の硬さが著しく増大します.他方,アルミニウム合金を急冷しても鉄鋼のような結晶格子の変化は生じませんので,急冷直後の硬さ増大は期待できません.しかし,銅,マグネシウムやケイ素などを含む一部のアルミニウム合金では,急冷後に150から200℃程度で一定時間保持(時効処理)すると,時間経過に伴い硬さが徐々に増大する現象が観察されます.この硬化は「析出硬化(析出強化)」と呼ばれ,微細析出物(〜100nm)の生成に起因する現象です.微細析出物の生成には銅原子などの拡散が必要となります(拡散変態)ので,原子拡散のための温度保持と時間経過(時効処理)が必須となります.析出硬化は遡ること120年前に銅とマグネシウムを含んだアルミニウム合金(通称:ジュラルミン)で発見された現象に端を発しますが,現代でも高強度アルミニウム合金を生産する上で欠くことのできない技術に位置付けられています.

(『鋳造工学』95巻8号掲載)