鋳造割れと引け割れの違いを教えてください
鋳造割れと称する場合,(1)凝固が始まって凝固が完了するまでに発生する割れと,(2)凝固が完了した後,鋳物が室温に達するまでに発生する割れの両方を含みます.この2つが区別されないことに注意が必要です.なぜかというと,防止のための対策が同じではないと考えていただいたほうが良いためです.溶接分野の方は,凝固が完了するまでの割れを凝固割れと定義し,凝固が完了した後に発生する割れとは明確に区別しています.
引け割れと凝固割れの区別については,回答者は明確に区別できておりません.引け割れという現象が凝固が完了するまでの割れであれば凝固割れの範疇に入れてしまうためです.引け割れという言葉が,鋳造技術者の間でしばしば使用されていることを承知しています.そして,技術者によっては,引け割れ,というものを,凝固割れのうちの,ある特殊なケース(部分集合)として扱っているように思います.
さて,凝固割れはなぜ発生するのでしょうか.ある合金の密度が,液体よりも固体のほうが小さくなるような合金では凝固割れは発生しないと回答者は認識しています.片状黒鉛鋳鉄のように凝固膨張する合金については,凝固割れは発生しないものと考えています.凝固により密度上昇する,イコール,体積収縮することが物理的な原因とみているためです.水が氷になるときも凝固割れは発生しません.あえて例を上げれば,諏訪湖に御神渡りができるように,最終凝固部が圧縮されて(?)氷が座屈して割れることはあります.一般的には,凝固収縮する合金のみ凝固割れが発生する可能性があり,凝固収縮率が高いほど凝固割れが発生しやすくなると考えていただいて結構です.ADC12のような共晶組成の合金でも,鋳鋼や多くの青銅系合金,AC4CやAC7Aのような亜共晶組成の合金でも,凝固収縮する合金であれば,凝固割れを発生する可能性があります.亜共晶合金のほうが,凝固割れを発生しやすいからです.
一方,凝固収縮する合金でも常に凝固割れが発生するとは限りません.合金が凝固収縮するとき,◎最終凝固部に押し湯から溶湯が補給されなければ,かつ,◎凝固中の鋳物の収縮が型拘束や既に凝固完了した部分によって妨げられれば,最終凝固部は引け巣になります.凝固が進行するときに凝固の進行方向の指向性が強くなるほど引け巣が割れに見えてきます.引け巣の形が凝固方向に垂直になってゆくためです.これを,人によっては,引け割れというようです.RDG 理論という凝固割れの発生を記述している代表的な理論があります.この理論の方程式をみても,凝固収縮巣の発生と凝固割れの発生を区別できません.凝固割れを凝固収縮巣のひとつの形態とみているのです.
押し湯から溶湯が補給されなくても,割れないこともあります.合金が凝固収縮する際に生型のように型が縮んで(なりよって),凝固中の鋳物が自由に縮むことが出来る場合,凝固割れが発生しにくくなります.青銅系合金は金型を用いず,生型を用いるのはこのためです.金型や自硬性の鋳型を用いると,鋳物の形状や鋳型の形状によっては,鋳物が凝固収縮することを鋳型が妨げてしまいます.なりよらない,という表現がなされます.鋳型が凝固収縮を拘束しなければ,凝固中に鋳物が縮んで収縮巣ができずに済むところを,鋳型がなりよりにくいばかりに,収縮巣ができやすくなり,収縮巣の一種である凝固割れが発生しやすくなるのです.
金型や自硬性の鋳型の場合は,凝固が完了するまでに割れが発生しなかったとしても,室温まで冷却が進行する間に割れることがあります.鋳物の収縮を型が拘束しているために鋳物を引っ張る力が作用することがあるためです.鋳造割れの一種ですが,凝固割れではなく,冷間割れという方が良いでしょう.鋳造割れが冷間割れなら,開枠のタイミングを遅くするなどして,鋳物をできるだけゆっくり冷やしてください.鋳物がクリープ変形をすることで冷間割れを防げる可能性が高くなります.ただし鋳物の形状が設計形状から離れる可能性は覚悟してください.凝固割れならこの対策は役に立ちません.押し湯を立てるか,湯道をつけるか,微細化剤を用いて収縮巣を細かく散らすか,合金組成を共晶組成に近づけるか最終凝固部が一部分に集中しないように形状変更する相談を設計屋さんにするか,冷やし金を用いて外引けにすれば回避できるか,局部冷却を用いて凝固を早めるか,スクイズピンを用いるか,という検討が必要になるでしょう.
試作や量産開始の段階で,割れが発生し,補修困難で,設計まで手戻りすると,対策の費用と時間がかかります.それゆえ,鋳造CAE の精度向上と計算速度の向上が求められています.凝固割れが発生する箇所の予測については,凝固収縮巣の発生箇所の予測が入口になります.共晶合金ではなく,デンドライトが発達しやすい亜共晶系の合金組成なら新山パラメーターも参考になる可能性があります.鋳鋼や青銅系の合金などが該当します.それでも予測できないケースでは,凝固収縮によって鋳型から鋳物が離れて空気の層ができるかどうか,鋳型がどの程度,凝固中の鋳物の収縮を妨げるのか,という考慮が必要になるでしょう.まだまだ,発展の余地がある,というのがポジティブな見方と思います.(『鋳造工学』97巻1号掲載)