鋳鉄ほどの炭素が含まれていれば,共析炭化物が大量にでると思うのですが,析出しないのはなぜですか.

ご質問の「共析炭化物」を共晶凝固後から共析変態開始直上までに生成するセメンタイト(Fe3C)と理解して説明します.

鉄―炭素状態図では,炭素(C)含有量2%を境に少ない方を鋼,多い方を鋳鉄と区別しています.さらに鋼はFe-Cの2元合金だが,鋳鉄はFe-C-Siの3元合金である.質問の答えの一つは,「黒鉛化元素であるSiが含有されているから」です.これは,結果であり「なぜセメンタイト(Fe3C)が析出しないのか?」について答えていません.この「なぜ」についての文献はほとんど見つけられなませんでしたが,Siを含有することによる状態図,凝固組織,偏析,結晶格子の変化が相互に関係する結果と考えられます.

鋳鉄と鋼の違いは,①一般的な鋳鉄はSiを含有するので,凝固時に黒鉛(G)が晶出する.②安定系共晶凝固では,γ鉄-黒鉛,準安定系では,γ鉄-セメンタイト(Fe3C)の凝固組織となる.実際の鋳鉄品では,溶湯の化学組成と凝固速度(肉厚感度)及び接種などの溶湯処理により,これら2つの共晶凝固が共存する組織もできる.③Fe-C平衡状態図が左に移動,共晶及び共析組成のC%が低下し,それぞれの温度が上昇し,かつ幅ができる.④γ鉄中にSiの偏析がある.共晶セル中心に強く偏析する.⑤鋳鉄のγ鉄は,鋼の鉄とCの固溶体ではなく,面心立方格子(fcc)のFe原子の一部がSi原子に置換された固溶体である.これらの違いが相互に関連してFe原子3個とC原子1個で構成された化合物であるFe3C(斜方晶)の生成が妨げられると考えられる.

以上の説明の理解に適した状態図¹⁾4%Si),あるCEと温度範囲における組織が記入されているので参考にしてください.(L:液体,γ:オーステナイト,L+G:液体と黒鉛,γ+G:オーステナイトと黒鉛,α+G:フェライトと黒鉛).詳しい説明が書かれている図書を下記に示しましたので参考にししてください.

図1 Fe-C-2.4%Si系の擬2元系状態図

1)中江秀雄著,産業図書発行の「鋳造工学」,ISBN4-7828-4084-5 C3053 P2678E
2)素形材センター発行,新版「鋳鉄の生産技術」(平成28年6月20日発行)
3)倉井、川野、山本:鋳物46(1974)1061

                       (『鋳造工学』95巻3号掲載)