長時間保持された溶湯でつくられる鋳物は,化学組成が同じでも「チルが出やすい」,「引けが出やすい」のはなぜですか?

この問題を理解するためにはFe-C系平衡状態図を理解する必要があります.

すなわち,Fe-C系状態図で黒鉛共晶温度Tec,白銑(チル)共晶温 度Tezはそれぞれ1154℃,1148℃といわれています.両者間の温度差⊿Tcはわずか6℃しかありません.したがって,鋳鉄が共晶凝固時,黒鉛の晶 出の容易さにより共晶温度が変化し,黒鉛の晶出が困難であるほど大きな過冷温度(過冷度増大)が必要となります.凝固速度が速くなることにより黒鉛凝固 (成長)に支配される溶湯中のCの拡散距離は次第に短くなり,間に合わなくなる場合には黒鉛共晶凝固から白銑(チル)凝固に変ってしまいます.

そして,黒鉛共晶凝固の場合,黒鉛が晶出することにより体積が膨張します.一方,白銑(チル)凝固の場合は体積が減少します.

次に,溶湯を高温で長時間保持すると何が起きているかを考えると,凝固時に黒鉛化不足が起きます.

黒鉛化不足となった溶湯は仮に化学組成(例え ば,C,Siの黒鉛化元素)が全く同じであっても,黒鉛核物質の減少により凝固時より大きな過冷温度が必要となることが考えられます.

つまり,同じ化学組 成で長時間保持しなかった溶湯に比較して過冷温度が大きくなるため,よりチル凝固になる危険性(傾向)が増大します.その結果,チル化凝固傾向の強い溶湯 (黒鉛化不足溶湯)は鋳物の最終凝固部位(押し湯の補給が困難または不十分な場所)には体積の減少により引けてしまいます.

したがって,長時間の溶湯保持はできる限り避けなければなりませんが,万が一長時間保持となってしまった場合には,加炭や有効な接種を行うことを お勧めします.

しかし,保持前の元の溶湯状態(例えば共晶温度)に100%戻ることはできなくなるという実験報告があることを参考までに付け加えておきま す.