鋳鉄の引張り試験を行ったとき、明瞭な降伏(弾性限)が認められないのはなぜですか?
金属の塑性変形は,特定の結晶面を原子がすべることによって起こります.
すべりは転位が動くことによって生じます.転位が何らかの理由により固着さ れて,すべりが困難なとき明瞭な降伏点が認められます.たとえば,軟鋼の場合,炭素や窒素などの小さな原子は鉄の原子間に入り力学的に安定な状態を作りま す.
これをコットレル雰囲気といいます.このため,転位をすべり始めさせるためには大きなせん断応力が必要となります.この時の応力が上降伏点となりま す.一度すべりが進行したあとはコットレル雰囲気による原子の拘束が解かれているために転位は小さなせん断力で移動することができます.この時に下降伏点 を生じます.
FCやFCDのような鋳鉄ではマトリクス中に黒鉛を含有しています.降伏点近傍の応力状態では,黒鉛片縁部での降伏の進行,き裂やボイドの発生, 内部での微小損傷が進行しています.特にFCでは低応力域から局部的な降伏,塑性変形,部分的な破壊が同時多発的に連続して発生しています.
これらの応力 ‐ひずみ曲線へ及ぼす影響が転位の固着による変化に比較して非常に大きいため,全体としての明瞭な降伏開始点が現れません.