Al-Si系状態図では,共晶組成が11.6wt% と 12.6wt% の両方がありますが,どちらが正しいのでしょうか?

Al-Si 系状態図に関する2009年のMicroscopy Society of Americaの文献 (1) The Al-Si Phase Diagram,George F. Vander Voort* and Juan Asensio-Lozanoの記載をみますと,共晶組成は少なくとも1950年代までは11.6wt%Siと信じられていたと書いてあり,しかし今日現在では12.6wt%Siと記されています.ちなみにNaによる改良処理は1920年代には知られており共晶組成に影響を及ぼすと記されています.さらに,この文献によれば,The currently accepted diagram,すなわち今日現在受け入れられている状態図については,National Bureau of Standards(米国標準局)発行,Murray and McAlister の1984年の研究(2)に基づいていると記されています.これを取り寄せてみてみますと,Hansenの状態図の11.3at%Siは液相線を577℃まで外挿して定めたもので,now considered obsolete,すなわち時代遅れで今では受け入れられない,と書かれています.この文献では実験と熱力学的なデータを基にAl-Si系状態図を検討しており,その結果,共晶組成は12.2at%Siと記しています.これがすなわち12.6wt%Siが共晶組成であるとする根拠であろうと推測いたします.

なお,本件とは直接関係ないかもしれませんが,研究用ではなく,市中の合金として不可避な不純物として微量Ca,P等の濃度によって共晶Si相の形態や初晶Si相の形態に影響を及ぼし,冷却速度等の鋳造条件によっては,たとえ亜共晶組成であっても初晶Siのような形状の組織が見られることが知られています.実際,自動車においては,近年ではHEV化によりエンジンルームに搭載されるデバイスが多くなり,かつ車種によっては低CD化の設計要求もあり,熱交換器の小型軽量化が要請され,結果としてブレージング用クラッド材が薄くならざるを得ないといった理由で,初晶ライクSi相がろう付け不良につながることがあります.Al-Si系合金の金型や砂型の鋳造でも,場合によっては機械的性質や切削工程で問題になることがあるかもしれません.工業上観察される組織については,状態図上の共晶組成以外にもこうした不純物元素,改良処理剤の影響を受けることがあることに留意すべきと思います.

(1) https://www.cambridge.org/core/services/aop-cambridge-core/content/view/S1431927609092642

(2) Murray and A.J. McAlister, Bull. Alloy Phase Diagrams, Vol.5, No.1, Feb. 1984.

(『鋳造工学』89巻9号掲載)