成分分析装置もなく温度計もなかった古い時代に,鋳物師達はどうやって鋳鉄鋳物の溶湯性状を判断したのでしょうか.
昔の鋳鉄鋳物師達は,湯面模様によって溶湯性状を判断したと考えられます.キュポラ鋳鉄溶解では,溶湯性状が良くなるにつれて,湯面模様が笹の葉状から,麻の葉状,亀甲状へと変化していく事が知られています(図1の(a),(b),(c)).
湯面模様とは,SiO2+2C=Si+2COの反応式に基づいてSiO2被膜が発生した時に見られる現象です.SiO2膜と溶けている溶湯では輻射率に違いがあるために,人間の目に模様として可視できるようになったものです.Sが0.02%以上,Siが0.5%以上入ることによって,表面張力が変化し,その表面張力の差によってマランゴニ対流が発生し,湯面模様が生じることになります.
キュポラでしか湯面模様が現れないと言われてきたのは,コークスからSが入りマランゴニ対流が生じるためです.電気炉溶湯も,0.02%以上のS,0.5%以上のSi,SiO2被膜発生温度,適量のC量の4点が満たされれば,湯面模様が現れます.
1983年の鋳鉄溶解ハンドブックでは,キュポラ溶解の38社のうち湯面模様が出ないと回答したのは1社のみでした.低周波炉(電気炉操業)では47社のうち32社が出ないと回答し,15社は出ると回答しています.これは前述したS量の差によるものと思われます.また,約160年前に行われた韮山反射炉の製造記録においても,大砲を鋳造する時のみに亀甲銑が用いられたと書いており,いみじくも亀甲という名称が一致しています(図1の(d)).このように,昔の鋳物師達は,湯面模様の観察によって鋳鉄鋳物の溶湯性状を判断し,健全な鋳物を作ったと考えられます.
(『鋳造工学』90巻5号掲載)