オーステンパ処理を施すとベイナイト組織が現れます.等温変態処理温度の違いにより上部(羽毛状組織)と下部(針状組織)のベイナイトに分かれますが,なぜ組織に違いがみられるのでしょうか.上部と下部のベイナイトで機械的性質(引張強さや硬さ)はどの程度異なるのでしょうか.
鋳造品におけるオーステンパ処理の代表として,オーステンパ球状黒鉛鋳鉄(ADI:Austempered Ductile Iron)を念頭にお答えしたいと思います.
「羽毛状」「針状」とは主に光学顕微鏡による組織写真のイメージから来ているものですが,エッチングした試料をSEM観察すると,等温変態時に析出したベイニティック・フェライト部は腐食されて凹,残留オーステナイト部は凸であることが分かります.等温変態温度が上部の場合はベイニティック・フェライトの析出は比較的緩慢で,長さが短いものが分散して存在します.そのため,残留オーステナイトは周囲をギザギザに縁取られた島状に残されます.光学顕微鏡ではエッジはSEMほどシャープには見えませんから「羽毛状」といった印象になります.一方,等温変態温度が下部の場合はオーステナイト化温度からの冷却が大きいため相変態の駆動力が大きくなります.このためベイニティック・フェライトはもっと長く直線的な成長を示し,これが「針状」といったイメージを与えるのです.
機械的性質の差については,引張強さは350MPa,硬さはHB80くらいで,いずれも下部の方が高くなります.
(『鋳造工学』92巻4号掲載)