凝固条件や熱処理条件がわからない場合,マルテンサイトとソルバイトの組織の違いを見分けるのに,どのような点に注意を払えばいいのですか.

前号に続き,組織の違いについての質問である。マルテンサイトとソルバイトについても,金属顕微鏡を用いて400~700倍程度の倍率で観察するとよい。実際に,共析組成(0.8%C)の鋼材((株)山本科学工具研究社製)を用いて,マルテンサイト(850℃からの水焼入れ)とソルバイト(マルテンサイトの580℃焼戻し組織)を顕鏡した結果を写真1に紹介する.

マルテンサイトは,1891年にドイツの冶金学者Adolf Martens(1850~1914)によって発見された組織である.体心立方格子(bcc)であるオーステナイト(γ)が,焼入れにより体心正方格子(bct)に無拡散変態したもので,侵入型の炭素原子が過飽和に固溶している.共析鋼のマルテンサイトは,写真1(a)のように微細な笹の葉状(針状ともいう)のものがランダムな向きにある組織であり,内部には多量の転位または双晶を生じている.マルテンサイトについては,この他にも種々の様相のものがあり,代表的なものとしてラス状やレンズ状の組織がある.ラスとは,木摺り(きずり)という意味であり,簀の子(すのこ)をイメージするとわかりやすい.ラス状の組織は,低炭素鋼(<0.5%C)やFe-Ni合金(<20%Ni)の鋼で観察される.レンズ状の組織は,粗大な笹の葉状を有しており,高炭素鋼(>1.0%C)やFe-Ni合金(>28%Ni)などの鋼で観察される.なお,マルテンサイトについては,ベイナイトやソルバイトに比べて腐食しにくく,顕鏡のためのエッチング処理に時間を要する(腐食液の鮮度にもよるが,3%ナイタールで14~16秒程度).

ソルバイトは,マルテンサイトを約500~600℃で焼戻して得られるフェライトと粒状セメンタイトの混合組織である.写真1(b)中において,黒色部分がマルテンサイトの分解によりフェライトに変わった基地(素地)であり,無数の白い粒状の点がセメンタイトである.ソルバイトは,マルテンサイトと組織がよく似ており,写真のみから違いを判別するのは難しい.ソルバイトよりもさらに低温の約400℃でマルテンサイトを焼戻して得られるトルースタイト組織は,セメンタイトの凝集がソルバイト程に顕著ではなく,さらに違いの判別に困難を極める.これらの組織については,硬さや腐食性などの他の物性と併せた総合的な判断が必要である.XRDやTEMを用いて,c軸方向の格子定数を測定・比較するのもよい。

質問に対して頓珍漢な回答かもしれないが,材料を作製した人と連絡が取れるのであれば,組成に加えて,凝固・熱処理条件をしっかりと聞くに越したことはない.いいものが完成し組織と組成がわかっても,凝固・熱処理条件などの作り方がわからないと,ダマスカス鋼の製法ように失われた技術になってしまうのだ.

写真1 共析鋼の光学顕微鏡写真(3%ナイタールにて腐食).
(a)マルテンサイト(HRC硬さ 64),(b)ソルバイト(HRC硬さ 30~40).
(M:マルテンサイト,θ:セメンタイト,α:フェライト)

(『鋳造工学』92巻10号掲載)