引け巣の出ない鋳物合金の開発は可能でしょうか?

なぜ,溶湯は凝固すると引けるのでしょうか?溶湯(液相)から固体(固相)に凝固(変態)する際に,実用合金のほとんどは密度が大きくなりますから,質量が一定ならば収縮しなければなりません.よって,「引け巣の出ない鋳造合金」とは,「液相よりも固相の密度が小さい合金」と言い換えられます.これは物理現象なので,逆転は有り得ません.

鋳鉄の場合,密度が7.0から7.3g/cm3の溶湯から約2.0g/cm3の黒鉛が晶出するので,生成する黒鉛の量が多くなるほど,体積膨張をおこし,凝固収縮量は減少する性質があります.そして,炭素当量(CE)が4.3のねずみ鋳鉄の場合,計算上は凝固収縮率ゼロになりますので,「引け巣の出ない合金」に成り得ます.Al-Si系合金の場合は,鋳鉄ほどではないけれども,約2.4g/cm3の溶湯から約2.3g/cm3のSiが晶出するので,他の合金系よりは凝固収縮率が小さくなり,Al-25%Siでほぼ収縮率ゼロになります.

 ちなみに純Siは,融点における液相の密度が2.5g/cm3に対して,固相は2.3g/cm3という,少々変わった物質です.この様な例として他には,Bi,Geなどがあり,水もこの類です.

ところで,液相に溶けていたガス成分を凝固時に気泡で発現させると,見かけの引けがなくなる,という裏技?があります.例えばAl合金溶湯にわざと水素を溶け込ませて鋳造すると,製品中に気泡が発生し,「膨らます」ことで,有害な外引けや内引けを回避することができます.ただし,これはあくまでも「見かけの引け」防止対策なので,鋳物中に気泡が認められなければ使えません.また,強固な金枠内に薄い強固な鋳型を造型すると(例えば,メタルバックシェルモールド),鋳型の膨張で鋳物空間の体積が減少し,見掛け上,引けが減少することも報告されています.これは,鋳型の方に仕掛けがあるので,引け巣の出ない合金ではないですが.

以上,結論として,工業製品としての鋳物は,強度など要求される特性とコストから合金が選択されるのだから,ここで示してきた理屈を駆使しても,世の中のニーズを満たして「引け巣なし」を達成する合金の開発は極めて困難と考えます.

(『鋳造工学』83巻9号掲載)