凝固条件や熱処理条件がわからない場合,上部ベイナイトと下部ベイナイトの組織の違いを見分けるのに,どのような点に注意を払えばいいのですか.

鉄鋼に関する書物を読んでいると,層状(ラメラ状),羽毛状,針状,笹の葉状,ラス状,レンズ状といった言葉が飛び交う.しかし,初学者にしてみれば,本文中に掲載されているイラストや組織写真を見ても,どの部分について説明されているのか悩ましいことも多いだろう.筆者もそんな経験をした一人である.鉄鋼組織の見分け方に苦悩している人は,まずは,古書にはなるが参考文献1),2)に紹介するような金属組織写真集を芸術作品として鑑賞してみるとよい.さらにお勧めするのは,(株)山本科学工具研究社などから,鋼材の標準サンプルを入手し,実際に自分で観察してみることである.羽毛状,針状などと言ってはいるが,人によって捉え方は異なるものである.いずれにしても,優れた材料屋になるには,多くの金属を切断・研磨し,金属組織に触れ,目を肥やす努力が必要である.

さて,今回の質問にある上部ベイナイトと下部ベイナイトについてであるが,組織を見分ける上で注意を払う点の一つは観察倍率である.組織観察に用いられる顕微鏡には,光学顕微鏡(OM),走査型電子顕微鏡(SEM),透過型電子顕微鏡(TEM)などがあるが,鉄鋼材料の場合は,特にOMに属する金属顕微鏡を用いた顕鏡により組織を判別することが多い.判別に最適な観察倍率は,観察対象とする組織の大きさにもよるが,400~700倍程度が適当である.実際に,共析組成(0.8%C)の鋼材((株)山本科学工具研究社製)を用いて,上部ベイナイト(400℃保持)と下部ベイナイト(290~300℃保持)を顕鏡した結果を写真1に紹介する.

ベイナイトは,米国のEdgar Collins Bain(1891~1971)によって発見された組織である.フェライト(ベイニティックフェライト(BF)と呼ぶ)と微細な粒状セメンタイトからなる組織である(写真1(a),(b)の黒色部分.白色部分は基地(素地)のオーステナイト.等温保持後の急冷によりマルテンサイト化している).羽毛状組織のものを上部ベイナイトと呼び,針状組織のものを下部ベイナイトと呼んでいる.しかし,さらに高倍率でベイナイト組織内を観察し,BF-BF界面にセメンタイトが析出しているものを上部ベイナイト,BF粒内にセメンタイトが析出しているものを下部ベイナイトと呼ぶ別の分類方法もある3).ベイナイトについて議論する際には,どちらの分類方法を採用しているのか解釈に注意を要する.

写真1 共析鋼の光学顕微鏡写真(3%ナイタールにて腐食). (a)上部ベイナイト(HRC硬さ 40~45),(b)下部ベイナイト(HRC硬さ 50~55), (BF:ベイニティックフェライト,θ:セメンタイト,γ:オーステナイト,M:マルテンサイト)

参考文献
1) 西沢泰二,佐久間健人編著,金属工学シリーズ9 金属組織写真集 鉄鋼材料編,日本金属学会
2) 佐藤知雄,鉄鋼の顕微鏡写真と解説,丸善株式会社
3) 牧正志,「鉄鋼の組織制御その原理と方法」,内田老鶴圃,ISBN:978-4-7536-5136-8,(2015)

(『鋳造工学』92巻9号掲載)