鉄-炭素2元平衡状態図は常温で基地組織はフェライトなのに,なぜパーライトが出るのですか?
確かに熱力学平衡状態では,室温でフェライトと黒鉛になります.しかし質問にあるように,実際の鋳鉄鋳物ではねずみ鋳鉄に代表されるようにフェライトとセメンタイトの層状組織であるパーライトが基地組織中に生成します.パーライトが出るということはセメンタイトが出るということであり,平衡状態ではないセメンタイトが生成する要因は2つあります.
一つ目は化学的な要因です.黒鉛はセメンタイトよりも熱力学的に安定なのですが,その差は僅かであり,セメンタイトも生成しやすいのです.Fe-C二元系の共析温度で比較してみると黒鉛共析が安定になる温度は740℃以下に対してセメンタイト共析が安定になる温度は727℃以下であり,その差は13℃しかありません.
二つ目は核生成・成長の要因です.共析変態における黒鉛は基地組織中からはほとんど核生成せずに凝固中に生成した既存の黒鉛が成長し,共析変態が進行することが知られています.しかし,平衡量になるまで黒鉛が成長するには,基地組織中の炭素が黒鉛に向かって拡散移動する必要があり,それに時間を要します.その前に鋳物が冷えて,セメンタイトが安定になる温度にまで冷却されるとパーライトが生成します.
パーライトを出したくない場合はセメンタイト共析温度以上,黒鉛共析温度以下で十分な時間保持すれば,黒鉛とフェライトの組織となります.基地をフェライトにしたい場合は,このような熱処理が施されます.反対にパーライトを出したい場合は,冷却速度を速くするかマンガン量を増加させるなどオーステナイト安定化元素を利用することで,黒鉛共析とセメンタイト共析の熱力学的安定性の差を小さくすることが有効となります.球状黒鉛鋳鉄においては,銅を添加してもパーライトが出やすくなるのが有名ですが,このメカニズムは少し複雑で,黒鉛と基地との間に銅の薄い層が存在するために基地と黒鉛間の炭素の拡散速度が非常に小さくなるためだと考えられております(ZOU Ying他:鋳造工学, 83(2011)7, 378-383).