なぜセメンタイト(Fe3C)をチルと呼ぶのですか? パーライトはフェライトとセメンタイトの積層組織と聞きましたが,このセメンタイトもチルなのでしょうか.
チル組織中のセメンタイトとパーライト中のセメンタイトを理解するには,Fe-C系状態図での安定系,準安定系状態図を見ていただく必要があります.図1にFe-C系状態図(炭素10wt%まで,標準状態)を示します.
図1 Fe-C系状態図
この図で,チル組織のセメンタイトは,溶融状態から1146℃で準安定状態を表す実直線の,E-C-Fでの共晶反応によって現れます.冷却速度が十分大きいとき,
L(液体)→γ(fcc)+Fe3C(斜方晶)
の準安定凝固が起こるのです.γ(オーステナイト)とFe3Cの共晶組織をレデブライト(ledeburite)といいますがこの組織は硬くて脆く,鋳鉄の破面に現れると白く見えるので,これをチル組織といいます.
パーライト中のセメンタイトは,図1中の723℃のP-S-K線での共析反応によって現れます.冷却速度が十分大きいとき,
γ(fcc)→α(bcc)+Fe3C(斜方晶)
のように,固相から2つの固相が同時に出てくるのです.この組織をパーライトといい,フェライト(α)とセメンタイト(Fe3C)が層状に重なった組織になります.これは十分な靱性があります.このようにFe3Cは状態図上の炭素量6.67%の縦の線上の化合物であり,結晶の種類としては同じものです.しかし,その生まれ方は異なっており,溶湯から凝固によって晶出したものがチル組織となります.
さて,ここまでは2種のFe3Cが,生まれは違うが結晶は同じだとしました.しかし,最新の研究では,図2に示したように1),パーライト中のセメンタイトは一体の結晶ではなく,数十ナノメートルの微結晶から構成されていることが判ってきました.
図2 パーライト中のセメンタイトの微細構造
すなわち,固相から析出したパーライト中のセメンタイトは,その結晶が不完全であることが判ります.パーライトを熱処理することによって,この結晶が構造を変えていることが明らかになりつつあり,この意味では2種のFe3Cが同じものではないことになります.
1)山口浩司:SEIテクニカルレビュー175(2009)57