Vol.93No.2 日下賞受賞者紹介(2)  豊田充潤さん

 学会表彰のひとつである「日下賞」は,今後の活躍が期待される若手の研究者・技術者に贈られる賞です.2020(令和2)年度に受賞された方々の研究内容や今後の目標などを伺うシリーズの第2回目は,ヤマハ発動機株式会社の豊田充潤さんです.

 

 

 受賞の栄に浴し,身に余る光栄に存じます.自身にその価値があるわけもなく,多くの方々のお力添えあってのこととなります.貴重な紙面を拝借して謝意とともに自己紹介,今後の抱負について述べたいと思います.
 大学在学中は「アルミニウム合金鋳物の熱機械疲労」をテーマに小林俊郎先生,戸田裕之先生,小林正和先生に師事しました.実験はAC4C,AC2Bに熱機械疲労を印加し,TEM観察をするといったものでした.蛍光板に投影された応力配向した析出物の美しさに思わず涙したことを覚えています.このとき,観察のおもしろさに目覚めたように思います.講座,研究を通してアルミニウム合金鋳物の破壊を学ばせていただきました.この経験は輸送機器業界に役立つと考え,関連する企業に就職活動を行いました.
 新卒入社したのはアイシン・エィ・ダブリュ株式会社です.製品設計からダイカストの工程設計,そして高靭性アルミニウム合金鋳物開発などを担当しました.構造材料として優れた鋳物とは,単に強度が高いものではなく,破壊靭性に優れた鋳物であるべきです.そして,これを安定して世に送り出すためには,材料・工法に精通して工程設計する必要があります.たまたま在籍されていた森中真行氏に師事し,日々議論させていただいたことを思い出します.我々が行っていたことで特徴的なことは,想像から入ることにあります.

図1 実験前に行うホワイトボードへの書き込み.想像,実験,観察の繰り返しを行っていた.

1) 頭に描いているメカニズムをホワイトボードに描き,それを証明する実験を考える
図1は当時のホワイトボードの写真).

2) 上記を基に,溶解,鋳造,評価を行う.

 

3) 想像した内容と実験結果が合っていたか答え合わせをする.

 

こうしたルーチンをひたすら繰り返していました. OMに加えてSEM,TEM,SPring-8などを用いて観察を行い,答え合わせをする(図2はTEMを用いたAl-Si合金のクラスタ観察結果).想像通りの結果になれば認知欲求が満足されますし,その通りにならなくても再度ホワイトボードに想像を描く楽しみができます.エンジニアの成長は想像,実験,観察なくしてはありえない,と森中氏から教示いただいたように思います.

図2 メルトスパンを施したAl-Si合金のSiクラスタ観察結果

 
 現在はヤマハ発動機株式会社にて,鋳造を楽しんでいます.実は2回目の就活でして,新卒時は適性検査で落ちています.適正は変わらないような気がするのですが,不思議なもので2回目の適性検査結果はよかったようです.さて,私が配属されている工場にはADC12だけでなく,ADC3,Silafont-36,AC4CHなどの溶湯が常時沸いています.日本においてはレアな工場と言えるでしょう.このメリットは,機械設計者はひとつの材料・プロセスに固執せず,適材適所に鋳物を配置できることにあります.その半面,工程設計者は多くの課題を抱えるわけですが,新たな価値を創出すべく取り組んでいます.たまには鋳造不良もありますが,そうなるには原因があるはずです.設備だけでなく,鋳物をよく観察し,若くて優秀なエンジニアとともに日々答え合わせする.そんな充実した日々を過ごしています.
 

 紙面で名前を挙げた方々はもちろんのこと,多くの方々に支えていただいたこと,心より感謝申し上げます.今後はYFE会員の模範となれるよう,そして日本の鋳造をよりよくできるよう,尽力したいと思います.

 

連絡先

所属 ヤマハ発動機株式会社 PT技術部
名前   豊田 充潤
〒438-8501 静岡県磐田市新貝2500