白川博一さん(49歳) トヨタ自動車株式会社

第84巻(2012)第9号

いろいろなことを考える領域が
技術的に残っている素形材.
だからこそ,
“ものづくり”を真剣に考えて
若い人を育てなければいけない.

<プロフィール>

  • 氏 名: 白川博一さん(49歳) トヨタ自動車株式会社
  • 出身地: 長崎県
  • 略 歴: 1987年3月九州大学工学部鉄鋼冶金学科修士課程修了.同4月トヨタ自動車㈱第4生技部(現鋳造生技部)入社,現在に至る

Q 白川さんは長崎県の島,壱岐市のご出身ということですが,鋳造とはどのようにして出会ったのでしょうか.

A 私の出身地は九州と朝鮮半島の間にある小さな島で,漁業や農業などで生計を立てる人が多い,自然豊かな田舎町です.私は両親を始め親戚のほとんどが教師という家庭環境で育ちました.従兄達も教師として活躍する姿を見ていましたので,私も当然その道に進むことになるだろうと思っていましたが,あるとき父に「ずっと島にいてはおもしろくないぞ.教師以外のことをやれ」と言われて中学3年で島を出され,親戚の家でお世話になりながら長崎市内の高校へ通うことになりました.そして高校を卒業するとき,さて教師以外のこと……と進路を悩み,血を見るとひっくり返るので医者は不向き,では工学部は? ということで,九州大学の工学部に進学することにしたのです.当時九州大学は入試のときに希望の学科が3つ書けました.私が入学した鋼冶金学科は,高校の先輩がいるという理由で第3希望に書いた学科で,合格発表のときに「あ,この学科に入ったのか…」と少し驚いたものです.

 大学では鉄鋼の精錬を学びました.4年生の卒業のテーマもそうですし,修士課程でも同じで,材料からの銅の除去を研究テーマにしていました.始めはなぜこんなに無理して銅を除去しなくてはならないのだろうと思いながらやっていましたが,銅が材料特性に大きな影響を与えることを知り,そこから材料というのは面白いなと思うようになりました.

 87年に大学院を修了した私は,トヨタ自動車㈱へ入社することになりました.現在もそうですが,トヨタ自動車では配属先の希望を第9希望まで書くことができます.大学の先輩が鋳造の部署にたくさんいて「鋳造に来いよ」と誘うので,第4生技部(今の鋳造生技部)を第4希望に書いたところ,見事にそこに配属が決まり,今に至るまで所属することになりました.これが,鋳造との出会いです.

 

Q 入社して初めて鋳造とかかわることになったということですが,苦労したことはありますか.

A 鋳造生技部は,生産準備を担当する部署で,生産に使用する金型や設備の設計,製作,調整を行っています.入社当時,先輩達は毎日のように工場に出かけ,夜遅くに戻ってくるのが当たり前,という職場雰囲気でした.そのような状況の中で私に与えられた最初のテーマは,エンジンの動弁系に使われるカムシャフトの摺動面に発生する亀裂を止めろ,というものでした.大学で冶金を学んだとはいえ鋳造は初めてです.鋳型と冷やし金の隙間に出るばりが引き金になっていることはわかりましたが,どうやって止めたらいいのだろうかと悩み,現場に張り付いて組長と意見交換しながら思いつく対策を確認する毎日,事務所の片隅で仮眠を取りながら家にもろくに帰れない日が3カ月ほど続きました.そうして2~3割出ていた不良を最終的には1%以下にまで減らすことができ,なんとか面目を施すことができましたが,私が苦労している間,部署にいるたくさんの先輩方は決してやり方を教えてはくれませんでした.先輩方は当然もっと要領のいい方法を知っていたはずですが,それでは私が育たないからと敢えて黙っているのです.これは私に限ったことではなく,新入社員が入って最初にテーマを与えるとき,先輩社員は多少の失敗は受け止める覚悟を決め,どうにもならなくなるまで手は出しません.そうして一人前の技術者に育てていくのです.

自分から積極的に選んだわけではなく,先輩に来いと誘われて鋳造生技部に配属されましたが,その分,先輩方には実によく面倒をみてもらいました.そのおかげで次第に鋳造の面白さに気づき,入社して5~6年経つころには鋳造はもっとも面白い部署だと思うようになっていました.自分が設計した金型が生産現場の良し悪しを決めるというプレッシャーはありますが,現場の組長や班長からアドバイスをもらい,目標を無事に達成できたとき,現場から感謝された瞬間は本当に良かったとやりがいを感じます.

Q 鋳造の魅力とはどんなところでしょうか.

A 形がないところから液体を固めて形にするという,鍛造や機械加工など,ほかの加工方法にはない自由度の高いプロセスがあることでしょう.鋳物の良さというと,よくネットシェイプ(加工歩留り)が言われますが,削ったり穴をあけたりという加工のプロセスを置き換える点ばかりが強調されていて鋳物の強みを十分活かしきれていないように思います.鋳物の良さ,強みは,複数の構成部品を一本化することで締結部を廃止し,軽量化を図ることができる点などにあります.そして従来にない新しい機能,付加価値を持った鋳物,それを支える要素技術を確立したとき,初めて「鋳造はおもしろい」といえるのではないかと思うのです.そうはいっても,今は他の協力メーカと一緒に仕事を進める機会が増えていて,社内でやることは限られます.そのため,鋳物はおもしろいと思えるところまでとことん関わることができない若い技術者が増えており,素形材の良さを理解してもらうのが難しい環境になっているのが悩みです.

鋳物は,自分がやったとおりのまま結果が出ます.方案が悪ければ不良が増え,原因を考えて改良すれば正直に結果として不良が減る.それが実感できるという意味でも鋳造は面白いですね.技術が標準化されたほかの加工法に比べ,素形材はまだいろいろなことを考える領域が技術的に残っています.だから日本鋳造工学会の人たち含め「ものづくりを真剣に考えていかなければいけないね」ということなのではないかと思うのです.そのためにも,もっと若い人に素形材の良さを知ってもらい,“自分で考えられる”人材を育てていくことが大切になってくると思っています.

 

<コラム> 白川さんに5つの質問!

 

Q1 趣味は?
A  ソフトボール,日曜大工もどき

 

Q2 座右の銘は?
A  変わる勇気を持て (野村克也元監督の言葉)

 

Q3 印象深い海外の思い出は?
A  インドネシアに技術指導に行ったとき,教えてもらった現地語が女性言葉で「オカマ」と笑われたこと

 

Q4 鋳造以外で就いてみたい職業は?
A 小学校,中学校の先生

 

Q5 自分の性格をひとことで言うと?
A 気になることはとことんやり切らないと気が済まない