神戸 洋史さん(56歳)日産自動車㈱

第84巻(2012)第7号

ものづくり,謎解き好きの少年が
飛行機事故をきっかけに金属の道へ.
「仮説を立てたら実験でそれを確かめろ」
の教えを心に刻み,
たくさんの自動車部品開発に携わる

<プロフィール>

  • 氏 名: 神戸 洋史さん(56歳)日産自動車㈱
  • 出身地: 三重県
  • 略 歴: 1979年早稲田大学理工学部金属工学科卒業,84年早稲田大学大学院理工学研究科博士後期課程修了,同4月早稲田大学理工学部助手,86年日産自動車㈱入社,2005年パワートレイン技術開発試作部部長,2007年鋳造技術エキスパートリーダー,現在に至る

Q 神戸さんと工学,金属との出会いはどのようなものだったのでしょうか.

A 私は戦後の復興期に育ち,目覚ましい勢いでインフラが整備されていくのを目の当たりにしながら大きくなりました.また,子供のころから野山でものを拾ってきて何かを作ったり,プラモデルを作ったりなど,ものを作ることが大好きで,高校卒業後に工学系の方に進むことを決めたのも,好きなことだから自然なことだったのです.コンピュータが発達し始めていた時代で,大学は情報関係を目指そうとしたのですが,これが受験に失敗してしまって.それで東京で浪人生活を始めました.

 東京で通っていた予備校の授業は午前中で終わり,午後はよく書店を巡っては本を買って読んだりして過ごしていました.そのときに山名正夫著の『最後の30秒』という本に出会ったのです.これは1966年2月に起きたボーイング727型機の墜落事故について,当時明らかにされなかった事故原因をさまざまな観点から詳細な実験を行って原因の仮説を導き出していく,かなり専門的な話も多い内容です.その本の中に,事故原因のひとつとして 「金属疲労」という言葉が出てきました.それまで金属工学科など,どんなところかもよくわかっていなかったのですが,その金属疲労という言葉がキーワードとなって金属工学科へと進路を変更することになりました.これがその後今までずっと付き合いの続く金属との出会いです.また本の中には「仮説を立てたら実験でそれを確かめろ」ということが書かれていて,その言葉には今に至るまでずっと影響を与えられています.

 そもそも飛行機事故のようなものに興味を持ってその本を手にしたのは,私が謎解きが好きだからだと思うのです.推理小説などもそうなのですが,いろいろな推理や証拠を重ね,その現象がどう起きたかを解き明かしていく過程がとても面白いと感じるのです.そして実は鋳物作りもこれと同じで,作っていると必ず鋳造欠陥が出てきますが,あれはいわば事故のようなもので,解き明かしていく過程はやはり謎解きなんです.それを積み重ねていってやがてひとつのものができあがる.そういうところが鋳物の面白いところですね.逆に答えがたくさんあるものというのは得意じゃなくて.ある程度理論的に説明がつかないと気持ち悪いんですよ.そういう性格なんでしょうね(笑).

Q 金属工学の中で鋳造を選んだきっかけ,日本鋳造工学会との出会いはどうだったのですか.

A 早稲田大学には鋳物研究所(現:材料技術研究所)があって,“物を作る”先生が多かったのです.その影響もあり,材料そのものよりも,どうやって凝固していくのかという現象の方に興味がわいてきました.それで,大学4年のときには凝固関係の研究室を選び,そして日本鋳物協会(現:日本鋳造工学会)の会員になりました.

学会での最初の発表は修士課程1年の春でした.発表した会場は大変広く,スクリーンも大きいので,長い指し棒が用意されていました.指し棒の先端にはテニスボール大の玉がついているのですが,緊張で手元が覚束ない上に指し棒が大変長いものですから先端が振り子のように揺れ,どこを指しているかわからなくなったという(笑),そんな思い出があります.

Q お仕事で思い出に残っているのはどういうものがありますか.

A いろいろあるけれど,中でも高真空ダイカストの開発は最も思い出に残っている仕事のひとつです.日本で初めて自動車の車体部品として適用されるまで,さまざまな問題にぶつかり,いろいろな人の協力を仰ぎながら実に20年近い時間がかかったけれど,それだけに強く印象に残っています.

 自分が開発した技術が世に出るのは技術者として本当にうれしいことですが,実は「やりとげた!」という感動ってあまりないんですよ.私はいくつも自分が開発に携わった技術を車に載せた経験を持っていますが,いつも最後の最後までばたばたしていることが多いんです.変な欠陥が出たりとかすぐ壊れたりとか.だから手を離れた後も,このあとすんなり量産に移ってくれと祈る気持ちです.先行技術の開発を担当していると,開発した技術が量産される2,3年前には手を離れて別の部署にお任せになっていますから,量産に移る頃にはもう別のことに忙しかったりします.だから感動は後からじわじわと,という感じでやってくることが多いですね.

Q 鋳造の魅力やこれからやってみたいことなどを教えてください.

A 昔,「湿度が高いと鋳造欠陥が増える」と言ったら,「鋳物は農業のようなものか」と笑われた経験があります.鋳造は形が自由にできて空間も自在に作れるという,造形の自由度が非常に高い,すばらしい技術です.はるか昔からある技術ですが,一方で気候や場所で仕上がりが違ったり,まだまだわからない現象がたくさんあります.昔からの知恵を生かしながらまだ進歩する余地のある技術というのはとても面白いと思います.

 最近,大学などで講義をする機会がありますが,日本の生産技術は大変レベルが高いのに,それを教えることができる先生が非常に少ないのが残念です.私が講義で伝えられることは限られますが,日本の生産技術を考えられる若者を育てる手伝いをこれからもしていきたいと思っています.そして生産技術をやりたいと思って社会に出る若者が増えてくれたらこんなに嬉しいことはありません.

 

<コラム> 神戸さんに5つの質問!

 

Q1 趣味は?
A  サッカー,スキー,ドライブ.若い頃はオフロードバイクも

 

Q2 特技は?
A  サッカーの審判と指導者のライセンスを持っています

 

Q3 座右の銘は?
A  為せば成る

 

Q4 今,いちばんほしいものは?
A 考えごとや旅行などが自由にできる時間

 

Q5 鋳造以外で,就いてみたい職業は?
A スポーツ選手や芸術家など,自分にない能力が必要な職業