佐藤健二さん(60歳)東京都立産業技術研究センター

第83巻(2011)第10号

いちばん面白いのは
実は不良なんです.
初めて見る不良は
今でもドキッとします

<プロフィール>

  • 氏 名: 佐藤健二さん(60歳)東京都立産業技術研究センター
  • 出身地: 秋田県
  • 略 歴: 1973年秋田大学鉱山学部冶金学科卒業,同4月東京都立工業技術センター,2011年東京都立産業技術研究センター先端加工グループ退職,同センターワイドキャリアスタッフ

 

Q  佐藤さんのご出身は鉱山学部ということですが,その学部を選んだ理由や,鋳物とかかわるきっかけはどんなことだったのでしょうか.

A  私は秋田県の山の中,田沢湖の近くで育ちました.このあたりは縄文時代初期の遺構や化石,メノウ,黒曜石,赤曜石などの鉱石がたくさん採れる場所で,道路を舗装する際に下に敷く石にも黄銅鉱や黄鉄鉱が使われたり,すごいときは紫水晶が敷き詰められたりしていたこともありました.そんな土地柄ですから,化石を掘ったり鉱石をとったりすることは特別なことではなかったんです.私も子供のころから地理や地学が好きで,化石や鉱石を興味深く見ていました.そんな風に育ったので,鉱山学部に進んだのも自然なことでした.

 私が最初に鋳物にかかわることになった秋田大学鉱山学部冶金学科は,採取した鉱石を精錬し,素材を作り上げるプロセスを学ぶ学科です.大学3年生のときには工場実習があって鋳物工場へ行き,鋳造業を見て体験する機会がありました.でもこれがかなりきつい実習だったので,鋳造関係に就職するのはいやだなあと思っていたのです.しかし卒業して東京都立工業技術センター(現:都立産業技術研究センター)へ就職し,配属されたのは鋳造の部門でした.それからこれまでの38年間,ずっと鋳造主体の業務に携わることになりましたが,これしかないと思って続ければなんとかなるものですね.次第に鋳造の魅力を知るようになり,すっかり鋳造が好きになりました.

Q 38年間鋳造にかかわってこられた中で,印象に残っている仕事はどんなものがありますか.

A 印象に残っているといえば全部残っていますね.数年単位で取り組むような仕事でやりたいことは結構いろいろやってきたと思います.

 じっくり取り組む仕事のほかに,スポット的に入ってくる仕事もあって,その中で最近苦労したのは,「七支刀」の復元実験です.七支刀というのは4世紀に百済から入ってきた刀で,国宝に指定されています.名の通り,刀から7つの枝が出ているのですが,その間隔が等間隔なのと,全体的にやわらかな形をしているので,鍛造では難しく,鋳造ではないかということで,私が担当することになりました.しかしこれがなかなかうまくいかなくて.割れたり,吹かれが出たりしてガス欠陥を取るのがすごく大変だったんです.結局,3回しくじって4回目にやっとできましたが,失敗するたびに冷たい視線が集まっている気がしてプレッシャーを感じ,このままできなかったらどうしようと思いました.これは本当に大変な仕事でしたね.

 私は実験失敗の数が多いんです.失敗が多いから,どうして失敗するのかよくわかっている,つまり失敗の財産ですね.そして,こういっては叱られそうですが,私がいちばん面白いと思うのは不良なんです.私のところにはさまざまな不良が持ち込まれますが,今でも年に数件は初めて見るものがあり,そういうものを見るとドキッとするのです.私の仕事は,鋳造のプロセスの最初から最後まで全部見ることができ,こうやったらどうなるかという解析もできます.それはとても面白いし,それが人の役に立っているという実感があると,大変うれしいんですよ.

Q  では,鋳造工学会で支部長や編集委員長をご経験なさった中で,印象に残っていることはありますか.

A これがまた,たくさんあるのですが(笑).編集委員長時代は,とにかく日本の鋳造レベルの引き上げを意識しました.積極的に書籍を出版するようにし,また会誌の投稿規定を変えたり,特集をたくさん組むようにしたり,論文の査読要領も整えました.また,講演大会ではオーガナイズドセッションを企画して活性化を図りました.

 関東支部長時代で印象に残っているといえば,なんと言っても早稲田大学で開催した第154回全国講演大会ですね.前年にリーマンショックが起こり,ただでさえ参加者の減少が心配されたのに,追い討ちをかけるように大会直前に新型インフルエンザの流行が日本を襲いました.感染者が出た大学は次々閉鎖されていましたので,もし早稲田大学が閉鎖されてしまったら大会の開催自体ができなくなってしまいます.毎日テレビとインターネットに釘付けになって,もし中止になったらどうしようと,そればかり考えていました.無事に開催できて,しかも参加者も例年並に集まる結果になり,本当にほっとしました.

Q では,これから鋳造を極めようとする人たちにメッセージをお願いします.

A 鋳造は4000年,日本に入ってから2000年という長い歴史を持っています.それがものづくりの技術として今でも第一線の工業部品を生み出し続けているというのは,時代に合わせて形態を変えながらしたたかに生き続けてきた技術であるということでしょう.それはそれに携わる人々の技術の研鑽があってこそのことです.自分の限界というのは,本人が思う以上に高いもので,自分のやれる範囲内であれば,夢はかなうものです.これから鋳造を極めようとする若い人たちにはぜひ夢を持って臨んでもらいたいですね.

 

<コラム> 佐藤さんに5つの質問!

 

Q1 趣味は?
A  考古関係,美術館・博物館巡り,鉱石,宝石などの原石集め,山菜・茸採り,草花の写生,温泉めぐり,海洋生物の観察と採取,料理と酒,食べ歩き・・・他

 

Q2 自分の性格を一言で言うと?
A  辛抱強く,興味が多彩

 

Q3 今,いちばんしたいことは?
A  じっくり論文を書く時間を作りたい

 

Q4 1ヵ月休暇があったら何をしますか?
A  温泉宿に泊まって山菜取り,原稿書き,砂金採り

 

Q5 座右の書は?
A 『仏教とっておきの話366』,『楽しい鉱物図鑑』