堀江 皓さん(68歳)岩手大学特任教授

第83巻(2011)第5号 インタビュー:2010年10月27日

初めて顕微鏡で見た“パチンコ玉”みたいなノジュラーとの出会いから50年
諦めなければ必ずチャンスは回ってくる

<プロフィール>

  • 氏 名: 堀江 皓さん(68歳)岩手大学特任教授
  • 出身地: 岩手県
  • 略 歴: 1965年岩手大学工学部卒業.トピー工業技術員 1966年岩手県工業試験場技師,1979年岩手大学工学部,2009年より岩手大学特任教授,名誉教授,岩手大学工学部附属鋳造技術研究センター客員教授

Q 堀江先生が金属,そして鋳造にかかわるようになったきっかけはどんなことですか.

A 私が最初に金属にかかわることになったのは大学ですが,実は最初から金属を志望して大学を選んだわけではないんです.家の事情で地元の大学に入らなければならず,家から近い岩手大学に進学することにしたのですが,当時,岩手大学は工学部,農学部,教育学部の3学部しかありませんでした.私はもともと自動車のエンジンなどが好きだったこともあって工学部を選んだのですが,実は数学が大嫌いだったのです.そこで,数学を使う機械科はやめて,当時そんなに数学を使わなかった金属科を選択しました.もし私が数学好きだったら,鋳造の私はなかったでしょうね.

 大学三年生のとき,工場実習があり,東芝機械の鋳造工場へ2週間の実習に行かせてもらいました.実際には私は工場の方ではなく,研究所でお世話になることになったのですが,ここの室長にはずいぶんかわいがってもらい,そこで私は初めて金属を顕微鏡で見るという経験をしました.室長に「何が見えましたか」と聞かれ,見たまま「パチンコ玉みたいなものが見えました」と答えると,「それがノジュラーですよ」と教えられました.私が見たのはノジュラー鋳鉄(球状黒鉛鋳鉄)だったわけですが,「金属とはこうなっているのか」と納得しました.これが,鋳鉄との最初の出会いです.

 

Q それからはずっと研究を続けてこられたのですか.

A 大学を修了して愛知県の会社に就職し,1年間働いたのですが,体調がすぐれなかったことや,岩手に一人で残っている母が気がかりで,盛岡に戻ることにしました.そして,もともと教えることが好きだったこともあり,盛岡で教師になろうと思ったんです.そのためには不足している単位を取得しなければならなかったのですが,そうこうしているうちに,岩手県の工業試験場が水沢に鋳造の分室を作るということで新規に求人を出したのです.それで首尾よく採用になったのですが,私は水沢ではなく盛岡に残され,「あなたは鋳物をやりなさい」と決められて,鋳物の勉強をすることになりました.ここから,私の鋳物の道が始まりました.

試験場時代には,研究生として東北大学に行く機会があり,大平五郎先生,井川克也先生にお世話になりながら研究をさせてもらうことになりました.不純物が入った鋳鉄の凝固過程で球状化がどのように壊れるか,試験場時代からいろいろ実験をしていたのでそれを続けることになり,それまで1kg単位で行っていた実験を50gでやることになりました.しかしこれがとても大変で,50gを球状化するのに3カ月かかったのです.私は今まで実験であんなに苦労したことはありません.初めてノジュラーを確認したときは嬉しくて,その日は夜中まで飲んでいました.そしてその3カ月で,私は諦めなければ必ずチャンスは巡ってくるのだということを学びました.その後,論文にまとめるのには約10年かかりましたが,諦めずに取り組むことができました.

 

Q とにかく諦めない,ということが肝要なのですね.

A そうですね.私が鋳物に関わって40年.諦めないでやってきてよかったと思います.研究者というのはよく“筋読み”をしますが,実際には思った通りにいかないことが多いのです.でも,ときどき的中することもあり,これはとても気分が良く,面白いものです.うまくいかなかった場合でも,そこにはそれなりに原因があるわけで,五里霧中の中から修正を重ねていって,最終的にはうまくいく,それも大変面白い.それが人のためになるならばなおさら面白いわけです.工学の「工」という字は,上の一画目は“天(理想)”を表し,三画目の下の線は“地(現実)”を表しています.そして縦の線でそれをつなぐ.つまり工学というのは理想と現実を結びつけ,人のためになるという学問なんです.最近は個人だけでなく,国も組織も自分のことばかり考える傾向があります.でも,邪心なく取り組む姿勢が大切なのだと思います.

 

Q では,工学のなかでもとりわけ「鋳造」の魅力とはなんでしょうか.

A 形状付与性という「形」作りを目的としていることです.水は方円の器に従う,という言葉がありますが,鋳物は自由度が非常に高い加工法です.こんなによい加工法はほかにはないでしょう.鋳造の将来を心配している若い人がいますが,そんな必要はありません.鋳造なくして工業はないのですから.鋳造は日本人の気質に合ったすばらしい技術です.自信をもって取り組んでほしいと思います.

 

<コラム> 堀江先生に5つの質問!

 

Q1 趣味は?
A  テニス,ゴルフ,ドライブ

 

Q2 ご自身の性格を一言で言うと?
A  慎重な割には慌て者

 

Q3 日課にしていることは?
A  なるべくこまめに体を動かすこと

 

Q4 「夢」または「野望」は?
A  岩手を含む東北地域を日本の鋳造のメッカにしたい

 

Q5 今,旅に出るとしたら?
A  タイムマシンで過去に戻り,749年の奈良の大仏鋳造現場,特に注湯作業を見てみたい