岡田民雄さん(74歳)日本ルツボ(株)代表取締

第83巻(2011)第6号

文学部出身の開発者
専門家でないことを逆に強みにし,
「テストに失敗はない」を座右の銘に
日々開発に取り組む

<プロフィール>

  • 氏 名: 岡田民雄さん(74歳)日本ルツボ㈱代表取締役会長
  • 出身地: 千葉県
  • 略 歴: 1960年,慶應義塾大学文学部卒業.日本坩堝㈱入社 1988年㈱久能カントリー倶楽部総支配人,1994年日本坩堝㈱監査役,1996年同取締役社長,1997年取締役会長

Q 今年,「縦型溝付きるつぼ」の開発で豊田賞を受賞されましたが,物づくりに興味を持ったきっかけはなんですか.

A 私は文学部出身で,鋳物の勉強をしたわけではありませんが,物づくりということでは,中学生時代にお世話になった理科の先生,今井義武先生の影響が大きいです.とにかく怖い先生で,いたずらっ子だった私は「民! なにやってるんだ!」と何度殴られたかわかりません.でも大変に情熱的な先生で,生徒からとても慕われていました.私が教わったのは中学校1年生の間だけですが,東大の五月祭や博覧会に連れて行ってくれ,理科や物づくりの楽しさを教えてくれたのは今井先生です.先生の影響で高校では化学クラブに所属し,将来はメーカに就職したいという思いを強くしていきました.

大学を卒業して日本坩堝に就職したときには,先生に「メーカに入るなら技術の勉強をすることだ.開発をやりなさい」と言われました.そして,50年もたった今でも売れている「G-パックス」を入社2年目に自分のアイディアで開発したことを先生に報告すると,大変喜んでくれました.褒めるのではなく,我がことのように喜んでくれるのです.ですからこちらも大変うれしい気持ちになり,また新しい製品を開発して先生に喜んでいただきたい,と思うのです.

 

Q 会社で製品開発を進める上で,専門家でないことが理由で苦労したことなどはありますか.

A 技術的なことに興味を持って,技術部門や工場部門と一緒になって製品の開発にも取り組んできましたが,私は基礎勉強をしていません.ですから,新製品の開発をしようとすれば,必ず基礎学問の壁にぶつかります.この点に関しては私が後悔していることではありますが,同時に,強みでもあると思っていることです.なぜなら,専門の人ではまず考えないことを,専門外であるために着目し,考え,そこから新しい発想が生まれることがあるからです.そのような発想から開発したものの一つに「メルキーパー」(黒鉛坩堝を使ったアルミ連続溶解炉)があります.私が社長をしていたときに開発したもので,私が考えたものを技術者が作りました.これは大変画期的な製品だということで,本学会から「豊田賞」をいただき,さらに産業界では最高の賞とされる「経済産業大臣賞」を受賞することができました.

しかしもちろん,基礎学問は重要です.70歳を過ぎた今でも講演会やセミナーには積極的に参加して,若い人に混じって最前列で聞いていますよ.勉強はすればするほど分からない部分が見えてくるものです.そうなると高齢になってもさらに知識欲が湧いてきます.そうしていろいろなことがわかってくると,「今までなにをやっていたんだろう」と責める自分が出てきます.少し気障な言い方ですが,私の中に言い訳をしようとする「守る岡田」と,言い訳を許さない「責める岡田」がいて,いつも葛藤しているんです.

 

Q これまでお仕事をしてきた中で,思い出に残っている出来事はありますか.

A 私が営業マンとして働いていた頃,担当していた川崎製鉄の若いエンジニアに,ある提案をしたことがあります.その人は当時,係長という立場でしたが,私のアイディアを大変気に入ってくれ,部署だけでなく研究所全体を説得して,両社で大きなプロジェクトを行うことになりました.これが成功すればとても大きな仕事です.たくさんの人とお金を注ぎ込んで1年ほど研究を続けました.しかしどうしても技術的にうまくいかず,その開発は断念せざるを得ない結果となってしまいました.大成功どころか,大損害を与えてしまったことに,謝りに行く私の足取りは大変重いものでした.ところが,彼は一言も怒らなかったのです.そして「我々が気付かなかったことを提案してくれて大変啓蒙された.結果的に採用にならなかったかもしれないが,いろいろなことが解明できたことに意味がある.テストに失敗はないよ」と穏やかにおっしゃいました.私は心を打たれ,涙してお詫びし,感謝しました.このときの若いエンジニアこそが,後のJFEホールディングスの數土文夫社長,現NHK経営委員会の委員長です.そしてこの時の「テストに失敗はない」という言葉は,製品開発だけでなく,人生そのものを表す言葉として,それ以来,私の座右の銘となりました.

 

Q これまでさまざまな製品を開発されてきていますが,物づくりに必要な姿勢とはどういうものでしょうか.

A 人の役に立つものを作る,人に認めてもらうものを作る,ということです.企業はすぐに「儲かるか,儲からないか」からはじめてしまう.でも儲からないものというのは,よく考えると役に立っていないんですね.人の役に立たないものは売れないんです.私は常に自分の考えやアイディアでいかに鋳造業界に貢献するかを考えています.そのために私は「挑戦する気持ち」を持ち続けたいと思っています.社員からはよく私の話は“データレス”だと言われています.データがあるということは,すでに誰かがやられたことで,決して新しいことではありません.新製品の開発には“カン”が非常に大切だと思います.“カン”というと一般には非科学的なものと思われがちですが,私はその道を究めた人に与えられる「勲章」だと思います.私の高校の2年先輩の長嶋茂雄さんも,野球の世界では「カンピュータ」が働いてもサッカーの世界ではカンは働かないでしょう.

 私はこれからも新製品の開発,新市場の開拓,新事業の構築に取り組んでいきます.若い人たちにも「テストに失敗はない」の精神で,新技術・新製品の開発に挑戦してほしいですね.

 

<コラム> 岡田さんに5つの質問!

 

Q1 趣味は?
A  ゴルフ,寄席,展示会

 

Q2 ご自身の性格を一言で言うと?
A  アクセルとブレーキを持ち合わせている

 

Q3 日課にしていることは?
A  中学3年生の昭和27年からずっと日記をつけている

 

Q4 座右の書は?
A  『人を動かす』 デール・カーネギー著

 

Q5 1カ月休暇があったら?
A  仕事で付き合っていたドイツ,イギリス,アメリカ,メキシコの友人を訪ね,ゴルフをしたり旧交を温めたりしたい.