中江秀雄さん(69歳)早稲田大学教授

第83巻(2011)第7号

「鋳物は面白いっていうことを
教えるのは,
奥が深すぎて大変なんですよ.
鋳造学は総合学問ですから」

<プロフィール>

  • 氏 名: 中江秀雄さん(69歳)早稲田大学教授
  • 出身地: 東京都
  • 略 歴: 1964年早稲田大学理工学部卒業,1970年博士号取得,1971年1月㈱日立製作所入社,1983年4月早稲田大学理工学部教授,1984年4月より早稲田大学鋳物研究所(現:材料技術研究所)教授

Q 中江先生と鋳物との出会い,そして鋳物の面白さとはなんでしょうか.

A 私が大学に学生としていたころ,鋳物っていうのは花形だったんですよ.早稲田大学に鋳物研究所ができたように,国家の最先端に近いところに鋳物があって,世界の金属屋の超一流の人が鋳物,凝固をやっていました.私が大学に進学するとき,どうせ金属ならここの大学のいちばん得意なのをやろうと思って鋳物に来たので,鋳物が好きで選んだわけではないんです.だけど,やっているうちにだんだんおもしろくなってきて.
 鋳造学っていうのは,総合学問なんですよ.物理とか数学とか,そういう学問があるけれども,鋳造学というのはそういうものが全部集まって構成されている.だからかなり広い知識を身に付けないと,なかなか鋳造学の全体が見えてこない.これが難しいところで,鋳物は面白いっていうことを教えるには,奥が深すぎて,大変なんですよ.ただ,鋳物しか知らない人には鋳物のよさはわからないとは言えるでしょう.たとえば,日本食しか食べていなければ,日本食の良さってわからない.中華料理を食べて,フレンチを食べて,インド料理を食べて……それをずっとやっていって初めて「ああ,日本食うまいね」って.つまり比較対照がなければいけないんです.鋳物も同じで,ある程度幅広い知識を持たないと鋳物のよさが評価できないんですよ.そういう意味では鋳物屋も,少し横から見ることが必要だと思っています.

 

Q 中江先生は鋳物の研究や学生の教育だけでなく,業界全体にいろいろ働きかけを行っていらっしゃいますね.

A 何年前だったか,文科省の「政策課題対応型研究開発」の8分野の一つとして「ものづくり技術」と挙げられたんです.ところが予算はというと,8分野のうちの1.5%しかないんですよ.でも私は,結構がんばって政府の上のほうまで働きかけて,いろいろやりました.それでうまくいったのが,鋳造中核人材育成プロジェクト※.毎年,全国で60~80人くらいの修了生を出しているから,これを10年間続けると,600~800人になって,これは大きな力になります.5年くらい前かな,ドイツの鋳物と日本の鋳物っていう比較記事があって,ドイツは基礎学問から入るが,日本は職人技でやるという分析が書かれていました.それを見て,このままで行ったら必ず日本は負けると思ったんです.職人技っていうのは限界が来ていますから.だけど,この中核人材が全国に広がってきているから,それがそろそろボディブローのように効いてくるんじゃないかと思っているんです.それで日本の鋳物もまた元気に復活してくるんじゃないかって期待をしています.

 

Q では,これから若い人たちがどんどん鋳物の世界に入り,業界がさらに活性化するために必要なものはなんでしょうか.

Aまずは若者にハングリー精神を育むこと.そのために必要なのは優秀なボスで,私はこれからはボスの時代だと思っています.野球やサッカーは監督が変わると強くなったり弱くなったり,非常にはっきりしているけれど,ほかの組織や会社も同じで,ボスが見本を見せて引っ張っていけばよくなるんです.大学もそう.この研究室の,私はボスで,学生がちゃんとついてくるかこないかで研究室が動くかどうか決まってしまいます.鋳物の研究なんて今の学生にはそれほど魅力的に映らないでしょう.じゃあなんで私のところに集まってくるかというと,それはやっぱり私が夢を売って,あそこに行けばなにか面白いことができそうだ,と思わせているのかなと思うのです.私にとっては,学生はいわば商品なんですよ.だから必死に教育をやっているわけです.研究は,言ってみれば余暇みたいなもの.私はここで常時20以上のテーマを動かしているけれど,私の仕事は学生がちゃんと物を考えられるようにして動機付けすることだけ.研究をやるために学生を育てているんじゃなくて,学生を育てているうちに結果が出てくるんです.中には外れるテーマがあったっていいんですよ.ちゃんと勉強ができるようになることが目的なんですから.

一方で,業界が若者に示せる魅力は何か,というと,やっぱり鋳物は儲かるよって言えるようにすることでしょうね.昔は鋳物屋って偉くなれたんですよ.自動車メーカは,いいエンジンがつくれなければいい自動車が作れませんから,鋳物屋って大体副社長までいけた.ところが技術が普遍化して,機械さえあれば誰でもまあまあのものができるようになってしまうと,みんな海外に逃げてしまうんです.でも鋳物はまだクエスチョンマークがいっぱい残っています.だからノウハウを残すことが必要なんです.そして「鋳物屋は金が儲かってしょうがないから,先生,一杯飲みに行きましょう」って迎えに来いって学生に言ってるんですよ.そうじゃないと俺の人生楽しくないって.……だけどこれがなかなかね.一向に声が掛からないんですよね(笑).

 

※)一連の鋳造工程で必要な要素技術を理解し,生産工程から製品出荷までを統括・管理する人材を育成する.今後20年間世界をリードする鋳造の開発・生産拠点を日本各地に形成するための産官学連携プロジェクト.

<コラム> 中江先生に5つの質問!

 

Q1 座右の銘は?
A  「一言半行」.大言壮語して,せめてその半分は実行しよう,という意味.「有言実行」では責任が大きすぎ,「無言実行」では何をやるか見えないから

 

Q2 ご自身の性格を一言で言うと?
A  一度決めたことは必ず実行.多少のへそ曲がりを自負.

 

Q3 日課にしていることは?
A  池袋駅から大学まで歩くこと.朝は9時までに研究室へ来ること

 

Q4 今,いちばんほしいものは?
A  自由な時間

 

Q5 1カ月休暇があったら?
A  たくさんの小説を持って,地中海のクルージングへ出かける