岩堀昭弘さん(65歳) 岐阜大学イノベーション創出若手人材養成センター
第85巻(2013)第7号
顕微鏡で見つけた変な組織を
「破断チル層」と名付けた.
下手なネーミングと言われたが,
この発見が評価され,
多く引用されるのはとても名誉なこと.
<プロフィール>
- 氏 名: 岩堀昭弘さん(65歳) 岐阜大学イノベーション創出若手人材養成センター
- 出身地: 長野県
- 略 歴: 1972年3月関西大学工学部金属工学科卒業,74年3月同大学大学院工学研究科修士課程修了.同4月㈱豊田中央研究所入社.2013年4月岐阜大学イノベーション創出若手人材養成センター,現在に至る
Q 岩堀さんが最初に鋳造に出会ったきっかけはなんでしょうか.
A 大学で金属工学科に入り,4年生の研究室配属の際に鋳造工学研究室に所属したのが最初です.「凝固」という言葉がなんとなく格調高く見え,学問的な印象を受けたのと,金属が固まるということに魅力を感じたんです.とはいえ実際には切ったり貼ったりという作業が多くて,それほど格調高いことをしたわけではなかったですが(笑),組織を磨く作業はとても上手になりました.会社ではきちんとした設備があって自動でできてしまう作業も,大学では研磨剤を使って全部手磨きでしたので,柔らかい材料だと一日かけて1つか2つしか磨けません.力加減が難しく苦労しましたが,おかげで組織を磨くことに関しては大変自信がつき,会社に入ってからも全然苦にならずに役に立ちました.
Q その後,㈱豊田中央研究所に入社され,そこから40年近くずっと鋳造にかかわってこられたのですね.
A 入社して最初に鋳造のグループに配属されました.その研究室の室長が後に日本鋳造工学会でダイカスト研究部会を立ち上げる中村元志さん(故人)で,上司としてずいぶん面倒を見てもらいました.
私が入社した当時は自動車の生産が右肩上がりに伸びていくときでした.大量生産技術が導入されて次々に作るものだから,ちょっと間違うと不良だらけということも珍しくなく,研究所はその対策に追われる状態でした.それでも昔は自分たちの中でこなせたからまだよかったのですが,最近持ち込まれるものは難しいのが多いです.鋳物は,溶かす・流す・固める…と,いろいろな要素が入っていますよね.だから境界技術領域の部分について「ここを掘り下げて調べたい」と言われると,自分たちだけでは手に負えず,別の技術領域の人に協力してもらわなければできなかったりします.どこまでやるかの判断がとても難しいのです.
Q 岩堀さんは,今では誰もが使用している「破断チル層」という言葉の生みの親の一人でいらっしゃいますが,どういう経緯で出会ったのですか.
A 入社後5年たった頃,ダイカストを研究することになりました.当時はまだダイカストの研究をしているところはほとんどなく,湯流れや温度のセンサーをダイカスト用に開発して実験を始めました.グループ会社から金型を提供してもらい,中の湯流れや温度を測定していったんです.といっても私は測定する方ではなく組織を見る方を担当し,いろいろな条件でできたものを切り刻み,細かく組織を見ていきました.それを3~4年もやったでしょうか.その中で破断チル層を見つけたんです.でも当時はそういう名前はまだついていませんでしたので,なんだか変な組織がある,ということだけでした.
私の上司だった中村さんは大変特徴のある方で,「学会に参加して情報をもらっているだけじゃだめだ.仕事をしたら論文に書いて投稿しなさい」という考えでした.いい論文であれば評価され,皆に認められるのだからと.それで論文を投稿することになったのですが,このときもただ単純に“変な組織”ではおもしろくないので,自分たちの足跡が残るような名前を考えましょうというわけです.それで,初期の凝固層からバラバラに壊されて入っていくものだからということで「破断チル層」という名前をつけました.でも,学会発表はまだよかったのですが,論文を書くときには少し使うのをためらいましたね.学術用語でもなんでもないんですから.でも中村さんが「それでいくんだ」というので,不安に思いながらも投稿したんです.そうしたら他のところにはいろいろ修正が入りましたが名称に関しては何も言われなかったんですよ.それでとうとうそのまま掲載されてしまいました.私が書いたのは2報ですが,その後たくさんの方がその名称を使って論文を書いて発表してくれたので,いつの間にかすっかり定着してしまったのです.
でもこの名称は,後にダイカスト研究の先生方から下手なネーミングだと指摘されました.見つけた人の名前を付けて「岩堀組織」とすればいいじゃないかと言われ,実際に海外で「これから我々は岩堀組織と呼ぶ」と発表してくれた方もいたのですが,定着はしませんでしたね.私としても,いいものならいいのですが,破断チル層は不良ですからね.不良に自分の名前を冠されても……(笑).でも自分のやったことが評価され,多くの人に引用されているのはとても嬉しく,名誉なことだと思っています.
Q では,これから鋳造を極めようとする若い人たちにメッセージをお願いします.
A 「仕事は楽しく,趣味は真剣に」.仕事がうまく行っている人とそうでない人を見比べると,楽しんで仕事をできているかどうかの違いがすごくあると思うんです.いい成果を出している人を見ると,一様に皆楽しんでやっています.仕事をしていて一番楽しいのは,よい成果が出始めたときですよね.早くその状態に持っていき,嫌から抜け出すことが大切です.そして,忙しくても,時間を作ってでも趣味は真剣にやる.私は登山,特にロッククライミングが趣味で,座右の書にしている『モンブラン山群ルート100選』のうち,もう20ルートほど上りました.忙しくてなかなか趣味の時間を取れないと言われますが,好きなことはやらなければいけません.休日を寝て過ごすよりは趣味に費やして,気持ちを上手に切り替えながら楽しんで頑張ってほしいですね.
岩堀さんに5つの質問!
Q 座右の銘は? A 「独立不恥于影」小学生のときの書道の先生が書道展に出品した作品で,40歳頃に「いい年になったから」と叔母にもらったもの
Q 性格をひと言で言うと? A 少々お節介かもしれない.頼まれると断れない気の弱さもある
Q 得意なことは? A 包丁を使ってフライパンを振り,自己流の味付けで作った料理を人に振舞うこと
Q 日課にしていることは? A 特にないですが,今は通勤に2時間半かかるので早起きをさせられています(笑)
Q 夢は? A ガストン・レビュファ著『モンブラン山群ルート100選』のうち,50ルートのクライミングを達成したい |
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